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邪神戦隊クトュレンジャー
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 遙かなる宇宙、人類には認識できない場所に彼らはいた。
 水のクトュルフ、火のクトュグア、地のツァトゥグァ、風のハスター。
 グレート・オールド・ワンと呼ばれる者たちで、いずれも凶悪な邪神だ。人間とも接触しやすく、人の目には恐ろしく映るため神のような存在となっている。
 彼らは沈黙していた。それぞれのグレート・オールド・ワンは独立した存在で、言葉を交わす事がない。そもそも本来なら、彼らが一堂に会する事はない。この空間こそ特別だ。彼らが微かに動くたびに、巨大な空間が脈打つように、揺れる。
 永遠とも思える時間が過ぎた。
 最初に沈黙を破ったのはクトュルフだった。大きな翼をもち、巨大な手足にはかぎ爪があり、ヒゲは触手のようにうねっている。
「皆の者、よく集まった」
 クトュルフの発言の一つ一つに反応するように、どっくんどっくんと宇宙が鼓動を刻む。並の生物ではひとたまりもなく弾け飛ぶ程の圧力が加わっていた。しかし、ここに集まるグレート・オールド・ワンはせせら笑う。普通は絶命するような圧力を加えられても、そよ風が通ったかのように受け流していた。
 クトュグアが語りかける。クトュグアは通常の空間には収まりきらないような、広大な炎だ。
「ルルイエの主が、この生ける炎に何用だ?」
 ルルイエの主とは、クトュルフの別名である。火の邪神であるクトュグアとは相反する存在だ。
 宇宙空間に灼熱が広がる。
 クトュルフは鼻を鳴らした。
「せかすでない。熱くて仕方ない」
「俺は待たされるのが嫌いだ。さっさとしろ。さもなくば、この宇宙を焼き尽くす」
 クトュグアはあらゆる世界を跡形もなく燃やす力がある。灼熱の威力は上限を知らない。
 クトュルフは翼で自らを扇ぎながら、溜め息を吐いた。
「せっかちじゃのう。なら、用件は単刀直入に伝えるか」
 クトュルフの翼が広がり、羽ばたく。宇宙空間に波が生まれ、灼熱を打ち消していく。
「古来より神々が争っていた。儂らは憎きエルダー・ゴッドに敗北し、その力を封印された」
「手短に話せ。愚痴はなしだ」
 クトュグアの口出しに、クトュルフが沈黙する。巨大なヒキガエルであるツァトゥグァは欠伸をし、黄衣を羽織るハスターはくっくっくっと笑っていた。
 いったいどれほどの時間が流れただろう。この間にも話をしていれば、クトュルフは相当量の知識を披露できただろう。
 クトュルフがようやくの事で口を開く。
「……手短じゃろうが。これ以上どう短くせよと」
「長ったらしくなるのが予想された。気のせいなら放っておけ」
「話の腰を折っておいて、なんたる言い草じゃ」
「草なら灰にしてやる」
「生ける炎よ、何でも燃やせばいいというものではない」
 水の邪神と火の邪神の言い争いに興味が持てないのか、ツァトゥグァは寝ていた。いびきが宇宙空間にこだまする。いびきはうるさいという次元を超え、凶器と化している。
 クトュルフが絶叫する。
「だーーーーーー儂の話を聞け!」
「寝る子は育つ」
 クトュグアの炎が小さくなる。心なしか優しさを感じる。
 しかし、クトュルフはゆでダコのように赤くなった。
「育ってどうする!? 大事な話の前だというのに」
「前置きをしたおまえが悪い。無駄話をする老害は好かん」
「儂ら同期じゃろ!?」
 クトュルフは半泣きであった。
 ツァトゥグァのいびきはとどまる事を知らない。グレート・オールド・ワンは存在するだけで宇宙空間には多大な負荷を掛ける。ツァトゥグァのいびきが長引けば、空間が崩壊するだろう。
 クトュルフは野太い首を横に振る。
「いかんいかん、儂が熱くなってはいかん。ここは冷静に対処せねば。名状しがたきものよ、怠惰な邪神を穏便に起こせ」
 名状しがたきものとはハスターの別名だ。そして怠惰な邪神とはツァトゥグァの事である。
 クトュグアの炎がプッという破裂音を発した。
「所詮は他力本願か」
「的確な指示と言ってほしいのう。儂はハスターを信頼しておる。ハスターは儂に信頼されて嬉しいじゃろ?」
 クトュルフが同意を求めるが、ハスターはツァトゥグァの耳元でガラガラを鳴らすだけだ。
 クトュグアの溜め息が聞こえる。
「価値観の押し付けは良くない」
「黙ってろクソ炎!」
「クソだと……? 聞き捨てならんな、タコ」
「タ、タコじゃと!? この儂がスーパーで特売される所を見た事があるのか!?」
「身売りをしたのか。哀れな……」
「そうそう、身が詰まって大好評って違うわい! この儂がスーパーで特売されるのはありえないじゃろ、という皮肉を込めたのじゃ」
「自分でネタの解説か。つまらん。冗談は顔だけにしろ」
「面白みなど問うてないわーーーー!」
 クトュルフの両目に殺意が宿る。
「お主に賢明な判断を求めたのが間違いじゃった。邪神たちはいずれ互いを滅ぼし、醜く朽ち果てるじゃろう。せいぜい束の間の余生を楽しむが良い!」
「お、お待ちください!」
 今までいなかった者が声を発した。突然の来訪にグレート・オールド・ワン一同は驚き、目を見張った。ツァトゥグァも目を覚ましていた。
 巨大な怪物がそこにいた。鱗や水かきのついた手足、魚類然とした顔を持つ人型の化物。それだけならグレート・オールド・ワンが驚く事はなかっただろう。彼らは異質な存在を見慣れている。
 そんな彼らにも、それは異様に映った。唇にどぎつい紅を塗り、派手な付けまつげで両目を飾る。下半身には宇宙空間でヒラヒラとうごめくピンク色の物体を身につけている。平たく言えば、ピンクのフリフリスカートを履いた巨大な半魚人が現れたのだ。
 クトュルフの表情が一変して、穏やかになる。
「おお、ダゴンではないか! よく似あっておるのぅ」
 いや、ありえない。
 クトュルフ以外の全員がそう思ったが、あまりの衝撃に言葉を失っていた。
 ダゴンは頬を赤らめてうつむく。
「そ、そうですか?」
「うむ! この儂が言うのだから間違いない」
 いや、間違いしかない。
 クトュルフ以外の全員がそう思っていたが、触れてはならない。いいか? 誰も触れてはならない。絶対にだぞ!
 クトュグアすら固まるような寒気の中で、ダゴンの目が輝いた。
「ありがとうございます! 勇気を振り絞った甲斐がありました」
「うむうむ、自信を持つがよい」
「はい! 自信を持ちます!」
 ダゴンはハツラツとした口調になる。
「お集まりになった邪神様方にこのうえなく感謝いたします。さて、事の次第はクトュルフ様よりお耳に入れているかもしれませんが改めてお話させていただきます」
「いや、何も聞いていない」
「私たち邪神は現代社会においてその脅威を忘れ去られようとしています。ただのゲームや萌えキャラと呼ばれるものに成り下がっている時すらあります」
 ようやくの事でクトュグアが言葉を発していたが、ダゴンは完全にスルーしていた。
 ダゴンの演説は続く。
「そこで、聡明なクトュルフ様は考えました。私たち邪神は世界に脅威を知らしめるべきだと。そのために、チームを組もうとお考えになられたのです!」
「ほ、ほう……」
 クトュグアは呆気に取られていた。
 それに気づいていないのか、クトュルフが胸を張る。
「チーム名も役割も決めておる。あとは儂に任せてもらおう。それでは声をそろえるぞ。結☆成☆邪神戦隊!」
 クトュルフが翼を広げ、ダゴンはスカートを振る。他の全員は何が起こったのか理解できず、その場に佇んでいた。
 ダゴンがハッとする。
「クトュルフ様、掛け声はあった方がいいかと」
「掛け声はどうでもいい。そもそも、なぜ邪神戦隊だ?」
 クトュグアの疑問に、クトュルフを除いたグレート・オールド・ワンが頷く。
 
 邪神戦隊はクトュルフが結成を宣言してから三秒足らずで、解散の危機に瀕していた。
 
 この危機を前にして、クトュルフは威風堂々と翼を広げていた。
「儂が何故、こんな空間にお主らを呼んだと思う?」
 クトュルフは視線で、周囲を見渡すように促す。
 暗黒の闇と強烈な光が入り乱れる宇宙空間だ。膨大な死と生が入り交じる、混沌とした場所である。
 世界は混沌から生まれたという説がある。すなわち、世界の起源にいるのだと言える。
「この空間から、数多の偉大な伝説が生まれたのじゃ。そんな空間で結☆成☆邪神戦隊! なんて言えたらカッコイイじゃろ」
「くだらん」
 クトュグアが言葉を発した後に、ツァトゥグァが欠伸をする。ハスターは口元を抑えてクックッと笑っていた。
 クトュルフはうめく。
「邪神のロマンが通じぬ奴らめ。お主らはそれでもグレート・オールド・ワンか! 恥を知れ恥を」
「邪神にロマンなど必要か?」
 クトュグアが疑問を呈して、ツァトゥグァが再び欠伸をする。ハスターはケラケラ笑っていた。
 クトュルフは紅しょうがよりも顔を赤くした。
「お主らに儂と同等の知性を求めたのが間違いじゃった! この馬鹿どもが!」
「馬鹿だと!? 俺たちを獣風情だと言うのか!」
 クトュグアが激しい炎を撒き散らすのと同時に、ツァトゥグァがいびきをかいた。ハスターは腹を抱えて大爆笑をしている。
 グレート・オールド・ワンの二柱による戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
 しかしそこへ、勇敢にもダゴンが間に入る。
「ま、待ってください。争っている場合ではありません! 今は協力するべき時です」
「そのとおりじゃ! よく言った邪神ピンク、ダゴン! 邪神にはチーム力が必要。チームと言えば戦隊。よって邪神戦隊じゃ!」
 訳の分からない理屈に突っ込み疲れたのか、クトュグアの炎が急速にしぼむ。
「……勝手にしてくれ」
「呼ばれた者は元気よく返事をせよ。邪神イエロー、クトュグア!」
「ん? 何故俺がイエローなんだ? ハスター殿が黄衣を羽織っているのに」
「邪神ブルー、ハスター!」
 クトュグアの疑問がスルーされた。ハスターは腹を抱えて笑っている。
 クトュルフは溜め息を吐く。
「どいつもこいつも返事をしろと言ったのに……まあいい、続けるぞ。邪神グリーン、ツァトゥグァ!」
「どうでもいい」
 ツァトゥグァは気だるそうに欠伸をしていた。
 クトュルフは不満そうだ。
「態度に難があるな。怠惰な邪神では仕方ないか。気を取り直して、どんどんいくぞ。邪神ピンク、ダゴン!」
「はい!」
 ダゴンは両目を輝かせて応じた。
 クトュルフは深々と頷く。
「良い返事だ。皆も見習ってほしいものじゃ。そして邪神レッド、クトュルフ! 邪神戦隊クトュレンジャーのリーダーとして皆を引っ張って行くことを誓おう。円陣を組め!」
「待て。いろいろ待て」
 クトュグアが制止する。
 ダゴンが首を傾げる。
「クトュグア様、どうされましたか?」
「どうしたもこうしたも……まずは言わせてもらう。何故、生ける炎たる俺がレッドではなくイエローなんだ?」
 クトュグアの疑問に、クトュルフはフフンと鼻を鳴らす。
「イエローはカレー食いだと決まっておる。おまえは全てを炎で飲み込む、食いしん坊じゃ。ピッタリじゃのう」
「いつから俺がカレー食いになった?」
「古の運命により導かれたのじゃ」
「そんな便利な言葉で、俺を騙せると思っているのか?」
 クトュルフは深々と頷いた。
「儂もお主もグレート・オールド・ワン。古の運命には逆らえぬ」
「気に入らん運命など、ねじ伏せるだけだ」
「気に入らんだと!? カレー食いのイエローの何が不満なんじゃ!?」
「不満しかない。どこに満足できる要素があるのか教えてほしい」
 クトュルフが両目を見開いた。
「生ける炎のくせに、なんと冷淡な発言を……」
「前置きはいらん。さっさと話せ」
「相変わらずせっかちじゃのぅ……まあいい。心の広い儂は説明してやる。イエローはトリックスターじゃ。一見すると無様でかっこわるくて悲惨じゃが、底知れぬ能力の持ち主じゃ。戦隊の鍵を握ると言っても過言ではない」
「なるほど。そこまで言うなら、クトュルフ殿がやればいいな」
 クトュグアが言うと、ツァトゥグァとハスターも頷いた。
 しかし、クトュルフは何度も首を横に振る。
「ダメじゃダメじゃ! 儂はリーダー格のレッドじゃなければダメじゃ!」
「リーダーをブルーにすればいいだろう。ハスター殿が無理にブルーに収まる必要はない」
「おお! お主は意外と頭がいいのぅ」
「貴様より愚かだと思われてたのが心外だ」
「せっかく褒めてやったのに……まあよい。クトュグアは邪神レッド、ハスターがカレー食いの邪神イエロー、リーダーにして邪神ブルーは儂。異存はないな?」
 ハスターはカレー食いという言葉に首を傾げたが、抗議はしなかった。大人しい奴である。
 かくてここに邪神戦隊クトュレンジャーが誕生したのである!

 しかし、そこへ恐るべき脅威が姿を現す。

「話は全て聞かせてもらった。邪神戦隊クトュレンジャーなど、ふざけたネーミングだ」
 宇宙空間に朗々とした声が響き渡る。同時に、ガチャンガチャンという鈍い音が急激に近づいてくる。
 音のする方を見れば、貝殻の形をしたチャリオットが猛進していた。チャリオットは怪物が猛然と引っ張っている。
 その怪物は異様な雰囲気を醸し出していた。黒い人の形をしているが、顔に当たる部分に目鼻はない。牛のような角と尻尾を生やし、蝙蝠のような翼で羽ばたいている。夜鬼と呼ばれる化け物だ。
 しかし、それだけならグレート・オールド・ワンが震え上がる事はない。問題は、チャリオットに乗っている存在だ。
 たくましい体つきの老人だ。灰色の髪と、豊かな髭を生やしている。一見するとただの健康的なおじいちゃんなのだが、その正体を知る者に畏怖を抱かせる。
 ノーデンス。偉大なる深淵の主、大帝の異名を持つエルダー・ゴッドだ。
 クトュルフがわめく。
「何故だ!? 何故こんなところに!?」
「儂は全てを知る善なる神。グレート・オールド・ワンが集まる場所を知らないわけがないだろう」
 ノーデンスが豪快に笑いながら、クトュルフに向けてチャリオットを進める。
「手始めにルルイエの主を狩るとしよう」
 ノーデンスの自信に満ちた瞳が、クトュルフをとらえる。
 クトュルフは固まっていた。エルダー・ゴッドが発する圧倒的な威圧感になすすべがない。ノーデンスのチャリオットにひかれ、倒れ伏すルルイエの主が容易に想像された。
 そこへ、事態を変えるべく行動する者がいた。
「危ない!」
 ダゴンだ。全力を振り絞って、クトュルフを突き飛ばす。クトュルフのすぐ横をチャリオットが通り過ぎる。
 クトュルフはすぐに起き上がり、叫ぶ。
「ダゴン、ダゴンは無事か!?」
「無事だ。おまえを突き飛ばすのに精根尽き果てたようだが」
 返事はすぐに来た。ハスターの黄衣が形を変え、気絶しているダゴンを包んでいた。
 クトュルフの両目が輝く。
「でかしたぞ、ハスター! それでこそカレー食いのトリックスターじゃ!」
「……カレーはいらない」
 ハスターの声が沈むのに、クトュルフは全く気づかない。
 その様子を見て、ノーデンスは愉快そうに目を細めた。
「名状しがたきものよ、面白い事をしてくれるな。カレー食いとは奇異なものだ」
「……カレーはいらない」
 ハスターはダゴンを、クトュルフの手前でゆっくりと降ろした。
 チャリオットがハスターへ突撃する。対抗して、ハスターの黄衣は雷に変化した。
 雷に正面から突っ込んだ夜鬼が悲鳴をあげる。夜鬼の全身がしびれ、動かなくなる。
 クトュルフが号令をくだす。
「チャンスじゃ! 一斉攻撃!」
 号令に応じてグレート・オールド・ワンが各々の奥義を繰り出す。
 生ける炎が大爆発し、ツァトゥグァが呼び出した広大な岩と重なり隕石となる。燃える隕石は突風を背にして威力を何百倍にも増大させた。
 その威力をまともに受けた夜鬼はひとたまりもない。断末魔をあげて消滅する。
「やった!」
 クトュルフが歓喜する。ダゴンを愛おしそうに抱きしめながら、小躍りしている。
 しかし、他のグレート・オールド・ワンは喜んでいない。
 クトュルフが首を傾げる。
「どうした?」
「これしきの事で、あのエルダー・ゴッドを倒せるのか?」
 クトュグアが疑問を呈する。
 ハスターが首を横に振る。
「無理だろう。しかし、どこにいる?」
「カレー食いの後ろだ」
 朗々とした声は突然聞こえた。
「カレーはいらな……!」
 ハスターは言いかけて、ノーデンスの拳を背中にくらい、その場にうずくまる。
 ノーデンスが怒りに満ちた瞳で、ハスターを睨む。
「儂の可愛い夜鬼を消滅させた罪は重い」
 ノーデンスのかかと落としは容赦ない。ハスターは無残にも霧散した。
 クトュルフが悲鳴をあげる。
「ハスター! 貴様、大事なカレー食いをよくも!」
「カレー食いはもういい。次はおまえの番だ。神々の意思の前に散るがいい」
 ノーデンスはチャリオットを失っていたが、エルダー・ゴッドの威信を失っていなかった。その姿は宇宙空間で光り輝いている。
 その光に反応して、生ける炎が闘志をみなぎらせた。
「おまえの光量と俺の熱量、どちらが上かな?」
 ノーデンスが口の端を上げる。
「比べるまでもない。偉大なる深淵の主に敗北はない」
「深淵の主のくせに、光量でこの生ける炎に勝つつもりか」
 クトュグアがせせら笑うのを、ノーデンスは受け流していた。
「せっかちなはずの生ける炎が、随分と流暢だな。儂と戦うのが怖いのか」
「じゃあ、始めるか? おっさんの自慢話が長くて退屈していた所だ」
「自慢話? 敗北はない、というのは真実だ。勘違いしてもらっては困る」
「勘違いしているのはおまえだ。おまえの不敗神話はここで終わる!」
 クトュグアの炎が燃え盛り、ノーデンスを包みこむ。
 その場に居合わせるだけで炭と化しそうな熱量だ。しかし、ノーデンスは鼻歌を歌った。
「心地良い加減だ。もっと熱くてもいい」
「……この世界が滅んでもいいのか?」
 クトュグアの発言に、ノーデンスは眉をひそめた。
「ふむ、それは困る。さっさとケリをつけるか」
 ノーデンスは両拳に力を込めて、目にもとまらぬ速さで虚空を何度も殴りつける。ノーデンスの光が強くなり、膨大なエネルギーを発した。
 まぶしい、という次元ではない。
 グレート・オールド・ワンの全身に強烈な熱が降り注ぐ。生ける炎をもってしても、その熱で消滅しかかるほどだ。
「ふざけんな! この俺が熱で滅びるなど。滅ぼされるくらいなら、先に世界を滅ぼしてやる!」
 クトュグアが雄叫びをあげる。生ける炎が大爆発を起こした。ノーデンスの光と合わさって、宇宙空間を崩壊させる。
 宇宙空間の外には、さらに広大な世界が広がっていた。人類が存在する地球や、銀河につながっている。しかし、その暗黒世界はグレート・オールド・ワンやエルダー・ゴッドを同時に抱擁するにはあまりにも脆弱だ。
 ノーデンスが笑う。
「面白い展開だが、世界を滅ぼすわけにはいかんな。偉大なる深淵の主として、本当の力をお見せしよう」
 ノーデンスが深呼吸をすると、空間が急速に凍りついていく。
 そこへ、ダゴンを大事そうに抱えていたクトュルフが高笑いをする。
「愚かじゃのぅ。水や氷の扱いにおいて、儂の右に出るものはおらぬ!」
 クトュルフの高慢さは健在だ。翼と触手の一部が焦げていたが、気にしていないようだ。
 ノーデンスが生み出した氷の切っ先が尖り、ノーデンスに襲い掛かる。クトュルフの業だ。
「ほう!? だが、これで儂を倒せると思ったら大間違いだ」
 氷はノーデンスに叩かれて、尽く潰えていった。
 しかし、クトュルフの強気は消えない。ノーデンスの拳にヒビが入っているのを見逃していなかった。
「今じゃ、クトュグア! そしてハスター!」
 広大な炎と風が、ノーデンスの周囲を駆け巡る。
 ノーデンスから笑顔が消えた。
「ハスターは生きていたのか!?」
「一度死んだが復活した」
 ハスターが淡々と答える。
 クトュルフが得意げに胸を張る。
「カレー食いは不死身じゃ。何度でも蘇る」
「……カレーはいらない」
 ハスターは首を何度も横に振る。
 ノーデンスは右手で炎を、左手で風を防ぐ。下手に拡散させれば世界を滅ぼす。宇宙空間を崩壊させたのは失敗であった。
 そんな彼に追い打ちが掛かる。
 突然降ってきた岩が、ノーデンスの頭を直撃したのだ。
「ぐっ……!」
 ツァトゥグァの呼び出した岩だ。
 クトュルフが両目をパチクリさせる。
「あ、すまん。お主への号令を忘れていた」
「どうでもいい」
 ツァトゥグァに不満はないようだ。
 ノーデンスの表情に苦渋が浮かぶ。ようやくの事で炎と風を消滅させた頃には、ふらふらになっていた。
 クトュルフが翼を広げる。
「行くぞ、邪神戦隊! 一斉攻撃じゃ!」
 一斉にノーデンスを取り囲む。
 
 ボカボカボカボカ!
 ボカボカボカボカ!
 
「ぐああああ!」
 ノーデンスはタコ殴りにされ、消滅した。
 クトュルフが歓喜する。
「エルダー・ゴッド打ちとったりぃぃいい!」
 歓声を耳にして、ダゴンが起き上がった。
「あ、あれ? 私はチャリオットにひかれたはずなのに、生きてます……?」
「うむ! カレー食いに救われたのじゃ」
「カレー食い様! なんて素敵なネーミング。ありがとうございました!」
 ハスターは、カレーはいらないと言おうとしたが、ダゴンがあまりに喜んだので黙っておくことにした。大人しい奴である。
 クトュルフが深々と頷く。
「今夜は皆でカレーを食おう。そして、英気を養ってエルダー・ゴッド狩りをする。異存はないな?」
 ダゴンを初め、その場にいる全員が肯定を示した。
 
 こうして、邪神戦隊クトュレンジャーによる快進撃が始まる。

 その活躍は目覚ましかった。かつて彼らを虐げてきたエルダー・ゴッドをこてんぱんのギッタギタにやっつけたのである!
 チームを組んだ邪神たちはあらゆる神々に脅威となったが、逆らえるものはいなかった。
 こうして邪神戦隊クトュレンジャーは時空を超えたあらゆる世界の頂点に君臨したのである!
 彼らの前に敵はいなくなった。
 
 そして、永遠とも思える月日が経過した――
 
 クトュルフの呼びかけにより、グレート・オールド・ワンが招集された。
 そこは遥かなる宇宙。かつて彼らが集まった場所を再生したものだ。
 クトュグアが言葉を発する。
「ルルイエの主よ、何用か」
 ルルイエの主とはクトュルフの別名だ。
 クトュルフが、永年こらえてきた一言を口にする。
「暇じゃ」
 その言葉を、他のグレート・オールド・ワンも否定できなかった。
 彼らに逆らう者がいないため活躍の場を失ったのである。
「邪神戦隊クトュレンジャーに相応しい場はないかのぅ」
「クトュルフ様、平和が一番です!」
「ダゴンは可愛いいのぅ。儂以外の邪神どもと大違いじゃ」
 フリフリスカートのダゴンが頬を赤らめる。
「そ、そんな……お恥ずかしいです」
「うむうむ、邪神ピンクはアイドルの役目をしっかりと果たして立派じゃのぅ」
 いつからアイドルになった?
 そんな疑問をその場にいるほとんどの者が抱いたが、クトュルフは口を挟ませなかった。
「ところで邪神イエロー、カレーはちゃんと食ってるか?」
「……飽きた」
 邪神イエローこと、黄衣を着たハスターの声はか細かった。心なしかゲッソリしていた。
 クトュルフは眉をひそめる。
「ん? なんじゃと?」
「邪神戦隊を結成してからカレーしか与えられていない。せめて紅ショウガやラッキョウがほしい」
 解説しよう!
 邪神戦隊を結成してから、ハスターはカレー食いを強制されていたのである!
 エルダー・ゴッドが滅んだ後はもっと悲惨だった。ハスターはクトュルフが用意した閉鎖空間に閉じ込められ、来る日も来る日もカレーを与えられていたのである!
 もともとカレー好きではないハスターにとっては拷問だと言えた。今までよく我慢していたものだ。大人しい奴である。
 しかし、クトュルフにはハスターの健気さは分からない。
「なんじゃと!? カレー食いのくせに付け合わせがほしい? 根性を叩きなおしてカレー業者に謝れ!」
「……限界だ。私はもう、カレーを見るのも嫌だ」
 ハスターが声を震わせる。みるみるうちに黄衣が形を変えていく。稲光を思わせるような、名状しがたきものが真の姿を現す。空間中に風が吹きすさび、ダゴンを遥か彼方へ吹き飛ばした。
 クトュルフが絶叫する。
「ダゴンーーーー! ハスター貴様、よくもダゴンを!」
「ダゴンはできるだけ安全な場所に置いた。クトュルフ、私は限界だ。あなたには従えない」
「カレー食いのくせに偉そうに!」
 偉そうなのはどう考えてもクトュルフの方だが、自覚はない。

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