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レモンの香りが嫌われて
2 
 <プロローグ>

 柔らかい波が静かに押し寄せる砂浜のすぐ傍に鍾乳洞のような洞窟が見えた。それがきっとメリッサの言っていた、オーロラの魔女の洞窟なのだろう。
 その洞窟に近づく前に人気の無い砂浜でゆっくりと周りをみわたす。
 別に人の気配を探しての事じゃない。私自身が心を落ち着かせるための行為だ。
 あそこに行ったら、私は『普通の人間』になれる。
 怖がることじゃない。
 さっきまで後ろでみつあみして束ねていた髪をこの海岸にきたところでほどいた。オーロラの魔女に私の髪を感じてもらうために。
 私の髪はストレートだけれど、みつあみの跡でウェーブがかかっている。潮風に髪が揺れてその波打つ髪から、いつも以上に強くレモンの香りが漂う。
 大丈夫かな? 少しは勉強してきたけれど私の日本語で通じるかな?
 ここは日本。オーロラの魔女も日本人のはず。
 そんな心配を感じつつもザクリザクリと砂浜を洞窟の方へと歩いて行った。


 <1>
 洞窟に入るとそこには、よくある庭付き一軒家のような家が建っていた。しかも洞窟の中にあるとは思えないほどに大きな一軒家だった。
 それだけではない、洞窟の中だというのに明るいのだ。
 外の明るさほどでは無いけれど曇りの日の空ぐらいには明るい。
 近づいていくと、庭先に青年の姿が見える。そら豆のような植物の手入れをしているようだ。
 ……いや青年じゃない!植物の丈が高くて全体が見えなかったが 馬? 本などで見たことのある、ケンタウロス? そんなような名前だったような、とにかく上半身が人間で下半身が馬の姿をしている者が何やら作業をしていた。
 本で見るケンタウロスは上半身裸だけれど、今私が出会ったケンタウロスはアロハシャツのようなものを着ている。だからこそ最初は普通の青年だと思って下半身の姿に気がつくのが遅れたのだ。
 彼(?)は私に気がつくと近づいてきた。表情は笑顔でまるで私を歓迎し怖がらせないようにしているかのような態度だった。
「ようこそ、オーロラの魔女の家へ」
 手で玄関に導き示す。
「ど、どうも。こんにちは」
 何を言っていいか分からず、とりあえず挨拶をした。
 更に「どうぞ」と彼は玄関の扉を開けてくれた。
 私は彼の導きで家の中に入って行った。
「あら、素敵な香りがするわね」
 家の奥の方から女の子の声がする。
 家の中はどこにでもありそうな普通の室内で、玄関からすぐの廊下を抜けるとダイニングキッチンのような場所に出た。
 そこには先ほどの声の主だろうか? 十歳ぐらいの女の子がエプロンをして料理をしていた。
「あ、あの、私、アイラ・マルスと言います。オーロラの魔女さんは?」
 この女の子が誰だか分からないけれど、この洞窟の家にいるということはきっとオーロラの魔女の身内か何かなのだろうと思ったので、おそるおそる尋ねてみた。
「私がオーロラの魔女よ。ちょっと待ってね、お茶出すから適当に座ってて」
 外見は十歳ぐらいの女の子だが喋りは何となく大人びている。この子がオーロラの魔女と信じていいのだろうか?
 まだ少し半信半疑だったけれど、ひとまず傍の椅子に座ることにした。
 座って、周りをみわたす。これまたどこにでもありそうな普通のダイニングキッチンだ。キッチンの先には更に廊下があり、いくつか部屋もありそう。
「はい、どうぞ」
 女の子は私にお茶とお茶菓子を出してくれると、私の斜め横に座った。
 近くで良く女の子を見ると、背の高さや雰囲気は子どもだが顔立ちはもっと大人のようにも見えた。やっぱりこの子がオーロラの魔女ということ?
「私が子どもみたいだからビックリした?」
「あ、はい」
「これはね、私の一族の特徴の一つなのよ。一般的にいうところの小人? みたいな。これでも私は二十歳。顔を見てもらうと分かるだろうけど、幼いわけじゃなくて体が小さいだけで顔はそれなりに老けてくのよ」
 オーロラの魔女は長い黒髪を高めのポニーテールにしている。彼女が言ったようにそう言われてみればもう彼女の事を十歳ぐらいの子どもというより“小さい人”というふうに見える。目はツリ目だけれどキツイ印象ではなく、入り口で会ったケンタウロスの青年と同じく笑顔で私を歓迎してくれているという雰囲気はとても伝わってきた。
「あの、言葉……日本語じゃないですよね?」
 通じるか心配してきたけれど、私が私の国の言葉を喋る前からオーロラの魔女さんは私の国の言葉を話してた。
「ああ、ここはね、言葉が自動翻訳されているのよ。魔法でね。だから私は今、日本語で喋ってるけれどアイラさんには母国語のように聞こえるでしょう?」
「はい。何だか不思議」
「ここはね、色々なところから色々な者がくるから、言葉で困らないようにしてあるのよ」
 凄いわ、やっぱり魔女の家って。見た目は普通でも色々な魔法がかかっているんだ。
「私、あの……」
 ここに来た理由を話さなければと口を開いたが何をどう話し始めたらいいか戸惑う。
「大丈夫よ。ここに来たということは、だいたいの望みは分かってる。ゆっくりでいいわ、まずはあなたの事を話してくれると嬉しいわ」
 そんな彼女の包容の言葉を聞いて、私はここに来るに至った自分の生い立ちを話し始めた。


 <2>
 私は学校に入る年齢まで、屋敷の外に出る事がほとんど無い生活を送っていました。
 私の父は町で一番の工場の持ち主で町の有力者だった。だから大きな屋敷に住んでいたし、屋敷の中で働く人たちや、その家族、子どもたちも居たし広い庭もあって屋敷の外に出なくても小さな子どもとしては困らなかった。
 けれど学校に入る年齢になった時、突然私は遠い国の寮がある学校に入れられてしまった。
 父も母も私を愛してくれていたし、何故突然私を遠くへ追いやるのか分からなかった。
 そんな中、私を慰めてくれたのは同室だったメリッサの
「アイラの髪って素敵ね。いつもいい香りがする」
 と言う言葉だった。
 今まで気にした事が無かったけれど、そういえばこの私の髪の特別な香りは父や屋敷の人たちには無いもので、唯一、母だけが同じように香りを漂わせていたということを思い出した。
 父も屋敷の人たちも皆、黒髪だったけれど私と母だけは金髪だった。
 だから私は金髪の人は髪からこの香りがするものだと思い込んでいたのだ。
 けれど同級生で同じく金髪の子からは、私や母のような香りはしなかった。

 そして髪と香りのことに疑問を残したまま更に成長した私は高等部に上がってから、新しくきた歴史の先生に
「おや、君はレモン族なのかね? この辺りでは珍しいね」
 と声をかけられた事によって、初めて『レモン族』という人たちがいるという事と私や母がそのレモン族なのかもしれないというのを知った。
 その先生に尋ねたところによると、レモン族というのは私や母のように髪が金髪で尚且つ髪からレモンの香りがする種族のことらしい。
 自分がレモン族かもしれないと知っても、学校にいる間はそれが特に意味のなすことだとは思わなかったのです。
 私の過ごした学校はレモン族以上に変わった特性を持った生徒や髪や肌の色が違う子たちは大勢居たから。
 けれど学校を卒業して父の会社を手伝うために町に帰って、私はレモン族であることがどういうことであるか、というのを痛いほどに体感することになったんです。

 故郷の町は父の工場を中心として成り立っていて、工場で働く人が生活するための商店や食堂が工場を取り巻くように存在していた。
 子どもの頃は屋敷から出る事もなく、外で食事や買い物をした事は無かったけれど会社で働くようになって初めて、町の食堂を利用して『違和感』を感じました。
 町の食堂は何故かどこも食券制のところばかりなのです。
 工場で働く人が多く入るお店なので会計を早くするとか何か特別な理由があるんだろうと思う程度だったのですが、すぐにそれはレモン族のためだと知りました。
 私が食券を買い、カウンターに提出しても料理が中々出てこないのです。頼んだ料理が時間のかかるものだったからではありません。私と同じものを注文した人や私より後から注文した人は次々に料理を受け取って行くのです。
 私だけ十分以上待たされました。他の人は一、二分で受け取れるのに。さすがにおかしいと思い、ちゃんと注文が受理されているか聞くと
「売り切れだ」
 と言われたのです。他の物を頼むのも嫌になったので別の食堂に行くと、そこでも信じられないぐらい同じような接客を受けました。
 その日は外で食事をとるのを諦めましたが、次の日もまた別の食堂で同じような事が起きました。すると今度はそれだけではなく食堂にいた他の客の一人が
「レモン族は臭くてかなわん、早く出てってくれ」
 とぼそりと言ったのです。ぼそりとだったので誰が言ったのかは分かりません。
 ですが周りを見渡した時に、その発言はそこにいた全員の総意だということは怖いぐらいに分かりました。

 両親が私を遠い国の寮制の学校に入れたのは、私がこの町で差別を受けないためだったのだとその時になって初めて気がつきました。
 そして町の食堂がみな、食券制だったのは昔、レモン族の一人が無銭飲食をしたためだったと後から父に聞きました。
 その無銭飲食をしたレモン族の青年はレモン族であるために仕事に就く事ができずに、苦し紛れで無銭飲食をしたそうです。
 ですが青年は「皿洗いでも何でもします、ここで働かせてください」と言ったものの、聞き入れてはもらえず、そのまま警察に引き渡されたらしいです。
 私のこの髪が差別の原因なのです。
 私は母の髪を臭いとは思いません。けれど父はレモン族ではないので言わないだけで本当は臭いと思っているのだろうかと勇気を出して聞いてみました。
「臭いわけがないだろう。娘だから言っているのではないよ」
 と父は言いました。
「じゃあ何故、町の人々はレモン族のことを臭いと言うの?」
 という私の問いに
 この町は昔から閉鎖的な町だった。この町だけで生活が事足りるために外に出ようとする者がほとんどいない。しかも皆が同じ人種で肌は白く髪は黒い者ばかりだ。そして観光地があるわけでもなく他の町や国へ行く通り道でも無い辺境の地であることから、外部からの人間もほとんどやってくることもなかった。
 ところが不作や不況が続いた隣国からレモン族の人々が仕事を求めて、この町にやってきたんだ。その時にワシと母さんもそれで出会ったんだよ。
 閉鎖的な町の、閉鎖的な住民たちはレモン族を歓迎するどころか邪魔にした。
 怖かったのだろうと思う。
 髪が美しい金髪な上に、いい香りを放って、自分たちにない身体的特徴を持っていることが羨ましい反面、嫉妬していたんだと思う。
 と語ってくれた。


 <3>
 残り少なくなって、冷めていた私の紅茶を庭から戻ってきたケンタウロスさんが新しく入れ替えてくれた。
 同じく新しく紅茶を入れてもらったオーロラの魔女さんはケンタウロスさんを私に紹介してくれる。
「外で会ったのかな? 彼ね、コットンというの。うちで代々、助手をしてくれてる。見たとおりのケンタウロスよ」
「コットンです。よろしく」
「アイラといいます。よろしくお願いします」
 私の話を一通り聞き終えたオーロラの魔女さんは紅茶を一口すすってからクッキーをつまみ、ようやく言葉を発した。
「聞いてて思ったんだけど、アイラさんのお父さんって町の有力者なんでしょう?」
「あ、はい」
「町の人たちは、その有力者の娘であるはずのアイラさんまでもレモン族だというだけで差別をするなんて、余程だと思わない?」
「……」
「あ、ごめんね。そんなのアイラさんには分からないし、どうあろうと辛い思いをしてきたわけだものね。ただ、こうやって話を聞いていて客観的な見方して、どうしてもそこが気になっちゃったのよ。そして、もしかして何か特別な事情があるんじゃないかって……もちろん事情があろうとも差別なんてしていいわけが無いわ、ただ……」
「分かります、気にしないで続けてください」
「私、その事情に関連してるかもしれない出来事を知ってるのよ。だから余計に気になっちゃってね」
「事情? どういうことですか?」
 またもやオーロラの魔女さんは紅茶を飲んで、クッキーをほおばる。
「レモン族じゃなくてね、ローズ族っていう人たちがいるのよ」
「ローズ族……」
「そのローズ族は黒髪で髪からバラの香りがする種族らしいわ。似てるわよね、レモン族と」
「そうですね、けれどローズ族は黒髪なんですね」
「そうなの。その黒髪のローズ族はね、もう何百年も前のことになるんだけど、ある国で自分たち以外の黒髪の者たちを奴隷として扱っていたんですって」
「それでどうなったんですか?」
「ローズ族の勝手な支配に耐え切れなくなった黒髪のひとたちは、団結してローズ族を滅ぼしたの。そんな支配の嫌な思い出のある国を多くの黒髪の人たちは捨てて、遠くの辺境の地に小さな町を作ったという話があるのよ」
「それってもしかして」
「でしょう? そう思うでしょう? アイラさんの故郷がその黒髪の人たちの築いた町かどうかは分からないわ。けれど何となく関係ある気がしない?」
「はい」
 少し長い間があく。私も次の言葉を発することが出来ず、オーロラの魔女さんの言葉を待ちながら紅茶を飲む。
「アイラさん。これからあなたに私は『普通の人間』になるための魔法薬を作るわ。けれどこの薬は平均で三日ほどかかる。その間に、気持ちが変わってやっぱり今のままでいいとなるのもOK、そしてもちろんそのまま『普通の人間』になるのもOK、そのためにゆっくり色々と考えてほしいの」
 つまり、ローズ族の話をしたのは、私やレモン族に町の人たちが差別をするのは昔の恨みみたいなものがあるから。それもちゃんと知った上で私にレモン族でいることをやめるかどうか考えてほしいということなんだろう。
「間違えてほしくないのは、私やコットンが三日間の間、色々な話をするかもしれないけれど、それは決して『普通の人間』になることを思いとどまって、と諭すためじゃないって事」
「はい」
「私は魔法で『普通の人間』にしてあげることは出来るけれど、元の姿に戻してあげることは出来ない。だから後悔してほしくないだけなのよ」
「……分かりました」
 私の気持ちは変わらない。ローズ族のことを知ったって町の人たちから差別されることに耐えられるわけじゃない。
 私はそんなに強くない。


 <4>
 私が人『普通の人間』になるための魔法薬を作るには私の体の一部がいるという事で、髪の毛を一本渡した。後はオーロラの魔女が三日かけて薬を作るらしい。
 それが出来るのを待つ間、私はこの家に泊まる事になった。
 泊めてもらう部屋に案内されると、私はベットに座って一息つく。そして改めてここにくることになった経緯を振り返った……。

 この場所を教えてくれたのは学生時代の親友、メリッサだった。
 故郷に帰って、激しい差別に傷つき愕然とした私はメリッサに救いを求めた。
「私、レモン族なんて止めたいよ」
 そんな私の言葉を聞いて、メリッサは
「止められるかもしれない。あたし聞いたことあるのよ。半人半獣の者や特殊な能力を持った人を普通の人間にしてくれる魔女がいるって」
 と言った。メリッサ私も見たことのある先輩の話をしてくれた。先輩は普段は普通の人間だった。けれど実は猿男だったらしい。
 その猿男だった先輩は、人間にしてくれるという魔女に会いに行って『元』猿男になったという。
 メリッサは私の代わりに先輩に話を聞きに行ってくれた。その教わった情報がここのことだった。
 場所は日本の島根県。海岸沿いに鍾乳洞のような洞窟があるという。そこは特殊な人しか入れない場所で、普通の人間は見つけることができないという。
 その洞窟にはオーロラの魔女という魔法使いが住んでいる。
 それが私を救ってくれるのならば私は信じる、そう思って私はここを見つけることができた。
 ということはやっぱり私は、そしてレモン族は『普通の人間』では無かったということだろう。
「元猿男?」
 ここで普通の人間になった元猿男の先輩をオーロラの魔女さんが憶えているかどうか尋ねてみた。
「ああ、いたね」
「来たのは最近ですか?」
「うん、三年ぐらい前かな。確か彼は夜中に知らないうちに巨大化して暴れるのが困るとか、怒りが増すと髪が金髪になって逆立つのが困るからと言って普通の人間になったのよ」


 <5>
 次の日の午後に、コットンさんにお茶に誘われた。オーロラの魔女さんは私が普通の人間になるための薬を作っている最中で、二人だけで昨日のようにダイニングキッチンでお茶とお菓子をつまみながら話そうということになった。
 コットンさんは、とても変わった形をした椅子を壁際から持ってきてそこに乗って座った。
 縦長のソファのような形で下半身が馬の姿をしているコットンさんが乗って座るとちょうどテーブルに良い感じに近づく作りになっている。
 そういえばここは日本だが、家の中でも靴を履いていていいみたいだ。コットンさんや訪れる半人半獣さんたちに合わせているのかもしれない。
「いいだろう、僕が自分で作ったんだよ」
 そうコットンさんは椅子の自慢をする。
「ケンタウロスの世界では、こうやって食卓にテーブルや椅子を並べて皆で囲むという習慣がないんだ。けれど僕はそれに憧れていた」
 椅子だけでなくテーブルもコットンさんは愛おしそうに撫でた。
「憧れて……いたんですか?」
「うん、僕はね、人間の生活に憧れていたんだ」
「もしかして、そのシャツも椅子のようにコットンさんが作ったんですか?」
「うん? ああ、これはオーロラの魔女のいとこが持ってきてくれるんだ。僕に似合いそうだからとね」
 人間に憧れていたからシャツを着てるんだと思ったが、もしかして私今、ものすごーく失礼なこと言ったのではと思えてきた。
「あ、あの、ごめんなさい。絵本や物語で見かけるケンタウロスさんは皆、上半身裸だったから、コットンさんがアロハシャツを着ていることに勝手に“意外”だと思っちゃったんです」
「いいよ。確かにね僕の世界でも僕の種族はあまり服を着ないんだ。人間より獣の生活に近いからね。だからこそ人間に憧れた。そして人間になりたいと思ったんだよ」
 えっ、コットンさんも人間になりたくてここにきたの? それなのに今もケンタウロスのままなのはどういう事なんだろう。
「人間にならなかったんですか?」
「ああ、ここにきてみて僕の夢は叶っちゃったんだ。だから人間にわざわざなる必要は無かったんだよ」
「夢が叶った?」
「そう。僕は人間と同じような生活がしたかった。ここだったらそれが出来るんだよ、ケンタウロスのままでも。だからオーロラの魔女、あっ、僕が来たときは先代の魔女だったんだけれど、彼女に頼んでここで助手として住まわせてもらうことにしたんだ」
「じゃあコットンさんはもう、ここに来て長いんですね」
「うーん、十年ぐらいかな」
「十年、ここでオーロラの魔女さんと?」
「そう、今のオーロラの魔女は三歳の頃からここに居たらしいから、僕が来たときにはもう居たんだよ。だから最初の頃は三人で暮らしてた。今は先代の魔女は引退して町にいるよ」
「そうだったんですね」
 そうやってコットンさんと話しているうちに私の中にある疑問が湧いた。
 コットンさんって、どこからきたんだろうかと。というか、そもそもコットンさんはどこの出身なのだろう? 上半身の人間の部分は栗色の髪に濃いブラウンの瞳、鼻は高すぎず、肌の色は白人系だ。
 私は日本に来るのに普通に飛行機を使ってきた。けれどコットンさんは飛行機には乗れないだろう。日本は島国だし船でくるにしたって、途中で人間に見つかってしまわなかったのだろうか。
 失礼かもと思いつつも聞いてみることにした。
「僕はこの世界の住人ではないんだよ。うーん、分かりやすく言うなら異世界? のようなところから来たんだ。この洞窟のように特殊な空間はそういう世界と通じているんだ。僕だけじゃない、半人半獣の者たちはそういう別の世界からオーロラの魔女に会いにきてるんだ」
 まるでおとぎの国の話のようだ。けれど、ここに来ることになった時から何でもアリのような感覚になっていたから、免疫があったんだと思う。自分でもビックリするぐらい、すんなりと受け入れられた。
「あの、コットンさんの世界には私のような髪からレモンの香りがするような種族っていますか?」
 もしかして元々はレモン族のような人たちはコットンさんのように別の世界からきたのではないかと馬鹿げているかもしれないけれど聞いてみたくなった。
「うーん、髪が香るという種族はいないね。空を飛べるとか髪が蛇になる者たちはいたけどね」
 それってハーピーやメデューサ? 何だかますます、物語の世界みたい。


 <6>
 翌日の午後、オーロラの魔女さんにキッチンに呼ばれた。何かと思えば、お話しようと言う。私は、何を聞いたって気持ちは変えないと少し警戒心を持っていたがオーロラの魔女さんがあまりにも、あっけらかんとしているので、そういう私の気構えは独り相撲のようで、少し恥ずかしくなった。
「今日はね、この後しばらくコレ煮込まないといけないからキッチンにつめてなきゃいけないのよ。コットンは今日は森に行っているし、話し相手になって」
 コンロには料理屋さんで使っているような大きなスープを煮込むような筒状の鍋が火にかかっていた。
「これ、魔法薬ですか?」
「ううん、ラーメンのスープ」
 はい? 魔女がラーメンのスープを煮込んでるんですか? まぁ確かに、そういうのを煮込む鍋だよね。
「大丈夫よ、アイラさんが帰る前に出来上がるから美味しいのを食べてって」
 私が心配そうな顔をしていたのだろう。魔女さんは見当違いな事を言いつつ私の前にお茶とお菓子を置いた。
 魔女さんがこんな調子だから私はやっぱり一人で空回りしているような気分になる。
「うちはさ、お客さんがこない限りコットンと二人っきりでしょう。だからたまに人がくるとこうやって料理に懲りたくなるのよ。でもさ、そうやって考えると、おばあちゃんは凄かったと思うわよ。だって私やコットンが来る前は、ほとんど一人だったんだから」
「おばあちゃん? あ、先代のオーロラの魔女さんですか?」
「そう。私なんてここに来た時から、おばあちゃんとコットンがいたから誰もいない生活なんて耐えられないわ」
 そういえば、こうやっていつも出してくれるお茶やお菓子はどうしているのだろう? 近くにお店があるようでは無かったけれど。
「外に買い物に出たり、誰かのところに行ったりはしないんですか?」
「そうね、基本、魔女になったら町には出て行かないわ。ほとんどのものはここで自給自足できるし、他のいるものは時々、一族の誰かが届けてくれるのよ。それにほら私、小人でしょう? 今はまだ魔女になったばかりだし若いから子どもみたい、で済むけれどもっと魔女として成長したら、そして歳を重ねたら体は更に小さくなるのよ。もっと小人らしくね」
 そうだったんだ。もっと小さくなったら町に出たときに奇異の目で見られるよね……ある意味私と同じかも。それがどんどん進むなんて、辛いだろうな。
 私の場合は近づかないと香りに気がつかないけれど、見た目で分かることとなると積極的に外にでるなんて出来なくなるよね。
「なーんて顔してるのよ。別にへっちゃらよ。町に出なくったって」
 町に出なくたって? 差別されることじゃなく? また私に気を使ってるというか説得の一部だったりする?
「……オーロラの魔女さんは、差別されることは平気なんですか?」
「ミキでいいわよ。それが私の本名。差別? 多分ね、されてないから分かってないんだと思う。三歳からここで暮らしているし、ここで普通の人間になった者以外の普通の人間に会った事が無いから」
 なるほど。私だって故郷に戻るまでは差別された事がなかったから分からなかった。けれど今は知ってしまった。差別されるという事の辛さを。


 <7>
 更に翌日は昨日煮込んでいたラーメンを食べさせてくれるということで、皆でダイニングキッチンに集まった。
「少し待っててね、今、コットンが麺を切ってるから」
 ラーメンのスープだけじゃなく、麺まで手作りらしい。
「もう終わるから。後はこれを茹でれば出来上がり」
「じゃあ、お話でもして待ってましょうか。そうね……今日はうちの先祖の話でもしてあげる」
「ご先祖様ですか?」

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