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☆パンツ聖戦☆
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 俺の住んでるアパートから高校までの通学路、古びた神社の境内の脇には、大きく立派な桜の木が生えている。
 樹齢はもうすでに何百年にもなる、美しい桜の木だ。
 家族の住んでいる町からだいぶ離れた、この町のアパートに住んでいる理由は、ここが俺の生まれ育った場所だから。でも、それ以外にも理由がある。子供の頃、曖昧だけどここに住んでいた俺は、よくこの神社に訪れた記憶がある。
 今日は高校の入学式の日、それまでまだ時間があるので、何となくこの神社にお参りに行こうとふと立ち寄ってみると、神社の境内の脇にある桜の木の下に、人影を見つけた。俺は、なぜだかその人影が気になって、近くまで寄って行ってしまった。
「貴方には私が見えるのですね!」
「うわっ!」
 桜の木の下に佇む人影に、突然そう声をかけられる。不意を突かれる形でそう言われたので、思わずびっくりして、声を上げながら尻もちをついてしまった。
 人影が目の前まで歩いてくると、俺はようやくその姿をはっきり見ることが出来た。大きな桜の木の影から現れたのは、綺麗な桜色の、厳かな雰囲気さえ感じさせる着物を着た、この世の人とは思えないほど美しく可憐な美少女だった。
 白く透き通る陶磁器のような肌に、キラキラと煌く瞳、頬と唇はほんのり桜色で、それなのに髪は対照的に少しも光を返さないほどに黒く、艶めいている。
 例えるなら、彼女の背後に見える凛と咲き誇っている大きな大きな、桜の樹の精が、突如自分の目の前に現れたかのように感じた。
 遠い記憶に重なり、デジャブを感じる。いつか、同じ場所で桜色の着物が美しい、穏やかな微笑みを浮かべる美しい女性を見たような気がする。朧げで、ひどく曖昧だし、顔だってはっきり思い出せないけど。
「あ、貴方は……」
「私は、木花咲耶コノハナサクヤと申します」
 彼女は呆けて、唖然としている俺の言葉を遮るように、優雅に、華やかに、艶やかに、自己紹介をし始めた。
「初めまして、私、神様を行っているものです」


 1


「貴方には、神である私が見えるのですね!」
「えっと……そうなるんですかね?」
 正気を取り戻した俺が咲耶の問に、とぼけるように答えると、パァッと言う擬音が似合いそうなほど顔を輝かせて俺の手を強引に取り、無理やり握手をしてきた。そして、ブンブンと両手を上下に振り下ろす。よほど嬉しいのか、俺の顔を凝視しながら、近づいてくるので、思わず顔を背けてしまう。
「よかったぁ! ずっと私のことが見える人を探していたんです! でも、全然見つからなくて……諦めかけていた時に、偶然貴方が私の方に近づいてくるので、もしかしたらって思ったんです! 本当に、本当によかったぁ……!」
 なんだそりゃ……、神様も大変なんだなと、心のなかで思いつつ、半信半疑で彼女の話を聞いてみることにした。はっきりって、怪しさ全開なんだけれど、可愛いし、いい香りするし、高校デビューってことで、ここで知らない女の子とお近づきになっておくのも、悪く無い。ちょっと電波入ってるけど、むしろそこが個性になっていて、話してて楽しいかも。俺はそう思った。
「お役に立てて光栄です。申し遅れました、俺は新井にい 御言みことって言います。この春、高校生になったばっかりの、高校一年生です! よろしくお願いしますね」
 出来るだけフレンドリーに、笑顔をいっぱいに振りまきながらそう言うと、咲耶は俺の顔を見ながらブツブツと小声で何かを呟いている。心配しつつ、『どうかしました?』と尋ねると、彼女は急にパッと笑顔になって、『ぜんぜん大丈夫ですよ』と答えた。
「早速ですが、御言さん。貴方は今から私の分身です!」
「へ?」
 俺はいきなり、咲耶から私の分身宣言を受けた。訳が分からず固まっていると、咲耶は扇子を取り出し両手に持ち、何やら俺には聞き取れない言葉で、歌いながら踊り始めた。
 すると、さっきまで大人しかった風がざわめき、桜の木から花びらが舞い散る。俺はその幻想的な光景にしばらく酔いしれた。そんな俺の様子を気にする様子もなく、咲耶はそっと俺の額に手のひらをかざす。
「これで、貴方は私の現世での分身になりました。これから暫くの間、よろしくお願いしますね」
「あっ、どうも。よろしく……お願いします?」
 こうして俺は、咲耶の分身になってしまったようだ。しかし気を休める暇なく、咲耶は『これから実言さんには、私の代わりに大事なことをしてもらいます』というと、ゴソゴソと着物の袖の裾から何か取り出す仕草をし始めた。
「あっ! その前に御言さんには今から、女の子になってもらいますね」
「へ?」
 咲耶はまるでごく自然に軽く、言い忘れてたと、言わんばかりのニュアンスでそう言うと、袖からどこに隠してたんだと言いたくなるほど大きく物騒な、ハサミを取り出した。
 咲耶の行動もそうだけど、いきなり物騒なものを取り出してきて、急に訳の分からないことを言い出してきた咲耶を見て、俺は思わずマヌケな声が出てしまった。
「それってどういう――」
 俺がそう言いかけると、咲耶は突然俺のイチモツ目掛けてハサミを振りかざした。突然の咲耶の行動に呆然として、立ち尽くしてしまう。
 ハッと我に返り、俺は突然の咲耶の行動に驚きつつ、自分の息子を守るために、咲耶から一歩下がって両手を息子を守るように覆い被せた。
「な、何するんだよ!」
「だから、今から御言さんに女の子になってもらうんです」
「だから、それが意味がわかんないんだって!」
「詳しく説明している暇はありません。とにかく今は、女の子になってください御言さん!」
「だからやめろって! なんでその物騒な物俺の方に向けるの!? それで一体俺のナニをナニする気なの!?」
「あっ、これですか? これは神器エダキリバサミと言ってですね――」
「だからそれ、ただの枝切り鋏だろ! 危ないからこっち向けんなって言ってんの!」
 涙目になりながら、咲耶の執拗な俺のイチモツを狙った猛攻を避けた。それでも、咲耶はその可憐な美少女の姿からは想像もできないほど、荒々しいハサミ裁きで俺のイチモツを狙うことをやめない。
 ふとした拍子に足を取られて転けた隙に、俺は咲耶にマウントポジションを取られてしまった。美少女にマウントポジションを取られるなんて、それなんてご褒美なの? と言いたいところだが、状況が状況だけに素直に喜べない。
「はぁはぁ……さぁ、覚悟してください。今から御言さんを女の子にしますからね……」
「何でちょっと興奮してるんだよ! 俺にはそういう趣味はないぞ! って……あっ、だ、だめ、やめっ……ああ、アッーーーーーーー!!!!!!」
 私、新井御言は今日から女の子になりました。

「実はですね、御言さんには神々の戦いに、私の代わりに参加していただきたくて」
「へーそう」
「つまり簡単に説明すると、神々による人間を介して行う代理戦争と言う奴なんです!」
「へーそう」
 咲耶は俺に向かって今、俺が巻き込まれてしまった状況について説明している。しかし、そんな咲耶の説明は、俺の耳には入らない。なぜなら、そんなことよりも重大な問題が、俺に降りかかっていたからだ。
「でもさ、それって俺となんの関係があるんだよ? あの、ヘンテコな枝切り鋏で俺のイチモツばっさり持ってかれたと思ったら、気がついたら女の子になってたよ。可笑しいよね? 髪だって肩まで伸びてるし、声は高いし、オマケに股はすーすーするし。あぁ……すーすーするのは当然か。だって俺、咲耶に俺の大事なイチモツをハサミで切り落とされたんだもの!」
 俺の悲痛な叫びはトイレの中で木霊した。ここは、私立桜ノ宮高等学校。俺が今日入学する予定の高校の一階、高校一年生の男子トイレの個室の中に、俺と咲耶はいる。あれから、何とか高校には着いたものの、人の目に出る勇気が無く、入学式の時間が迫っているのにも関わらず、こうして男子トイレの個室に引きこもっていたのだ。
「思わず男子トイレに入ったけどさ、どっちに入ればいいのか一瞬迷ったよ。可笑しいよな? 俺、男のはずなのに」
「傷心している場合ではありませんよ、実言さん!」
「誰のせいだと思ってるんだ!」
 俺の悲痛な抗議も虚しく、咲耶は淡々としている。ゴソゴソとまた何やら着物の袖から何かを取り出そうとしているようだ。もう切り取るものなんて、残っちゃいねえぞと心のなかで悪態をつきつつ、横目で咲耶の方を見てみると、かなり奥の方にあるのか、さっきよりも深く袖の中に腕を入れているのが見えた。『あ、あったあった!』と咲耶は言うと、何かを取り出し俺の目の前に出してきた。
「今からこれを美琴さんに着けてもらいます」
 咲耶はそう言って、一枚のパンツを見せてきた。そうだ、あのパンツだ。女性がスカートの下に履いているとまことしやかに囁かれている、あのパンツだ。真っ白で綺麗なパンツで、中央の上部には可愛らしいピンクのリボンが、アクセントのように付いている。
「え? なにコレ?」
「パンツです」
「知ってるよ!? 何で俺が、そのパンツを着なきゃいけないのかって話をしてるんだよ!」
「御言さんには、今からこのパンツを履いてもらって、神々の戦いに参加していただきます」
「何でだよ!」
「それがですね……話すと長くなるというか。それが、この聖戦のルールとしか言いようが無いんですよ」
 咲耶はめんどくさそうな表情でそう言った。一番めんどくさいのは、俺の方なんだよと突っ込みたくなった。
「いいから説明しろ!」
「分かりました……。そうですねぇ、あれは今から二千年前――」
「要点だけまとめてくれ!」


2


 一年四組と書かれた教室にいそいそと入ると、俺は十四番の席へとそそくさと座った。
 一年四組、十四番。これが俺の席だ。高校生としての実感が少しずつ自分の中に湧き上がると同時に、体に感じる大きな違和感に動揺したりもしていた。
「御言さん。よく似合っていますよ、その制服」
「ああどうも、見え透いたお世辞をありがとう……。ていうか、何で俺が女の子のパンツを履いて、しかも女子の制服を着なきゃいけないんだよ!」
「それが、聖戦のルールなんです」
「何でだよ!」
 そう言いつつ、俺は自分の体を見渡した。俺は胸元の小さな桜の花びらの校章が可愛い、ヒラヒラのスカートが実に優美な、女子高生の制服を身に纏っている。体も女の子なら、格好も女の子。まさに、今の俺は心以外、ピッチピチの女子高校生という訳だ。
 どういう訳か、咲耶は女子高生の制服も持っていたらしく、パンツも履きつつ、ついでということで半ば無理やり女子高生の制服を着させられてしまった。そうだ、あの憎き枝切り鋏をチラチラ俺に見せつけながら、着替えさせられたのだ。あんた本当に神様かよと、思わずツッコミそうになった。
「それに、何で神様が日本の高校の制服を持っているんだよ! おかしいだろ……」
「そ、それは……! た、たまたまなんです! 本当にたまたまで、別に一度高校生の制服着けてみたかったとか、要らなくなった制服をお願いして貰ったとか、そういうんじゃないんです!」
「この制服、私物かよ……」
 この際、どうやって女子高生の制服を手に入れたのかとか、他の高校の制服も持ってるのかとかは置いておく。というか、怖くて聞けない。
 なんなんだよこの神様。
「ちなみに、俺の隣にずっと立ったままでいるけどさ」
「はい!」
「はい! じゃなくて……。貴方立派な不審者ですよ? 高校っていうのはね? 基本的には、生徒と教師だけしか入っちゃダメなの、関係者以外立入禁止なの、ハイスクールステューデントオンリーなの。ドゥユーアンダスターン?」
 ま、俺としては警察に捕まってくれた方がいいんだけどさ。
 俺の親切な忠告を、ウンウンと頷きながら咲耶は黙って聞いていると、急に俺に向かって全力でウインクをしてきた。ついに、頭がおかしくなってしまったのかと、俺が恐れおののいていると、咲耶は目の前に人差し指をつきたて、左右に振って『チッチッチ』と言った。少し、イラっとした。
「私は神様なので、普通の人には見えません! えっへん!」
「……ああ、そう」
 勝手にしろ、と心のなかで悪態をついて、思わず机の上に突っ伏した。
 もうやだ、早く家に帰りたい。せっかくの高校デビューが、気がついたら新たな世界にデビューしちゃってるし、頭が可笑しくなりそうだ。
 そう言えば、さっきからクラスメイトが少しずつ教室に集まり始めているのに、誰も咲耶の方を見ようとしない。無意識にやってるのか、それとも意図的になのか分からないが、何だか咲耶の方を避けているようにも見える。ついに、席が全て埋まっても、誰も不自然にその場に立っている咲耶に対して、声を上げることは無かった。
 まさか、な。ふと、咲耶の方に目を配ると、俺の視線に気づいた咲耶はドヤ顔で俺の顔を見返してきた。何か、すごくムカついた。
 ふと、視線に気が付いて振り返る。一人のクラスメイトの女の子が、ジットリと俺の方を見ていた。黒髪は長く、前髪が目にかかってよく顔が見えない。俺が彼女の方を見返すと、サッと顔を背けた。一体、何なんだ……。
 ホームルームは淡々と終わり、ついに出席番号と名前を担任の先生に呼ばれ、自己紹介をする時間になった。一番から順番に番号を呼ばれ、立ち上がり、新しいクラスの仲間達に自己紹介をする。本当なら何のことは無い、一連の行動だけれど、今の俺にとっては最悪だ。ついに自分の番号を先生が呼ぶと、明らかに動揺した表情で先生は俺の方を見ている。
「出席番号十四番、あれ、君……」
 先生が次の言葉を出す前に、俺はすかさず立ち上がり、畳み掛けるように自己紹介をした。焦りすぎて席から立つときに、膝が机の角に当たったので、痛くてちょっと涙目になってしまった。
「新井御言と申します。皆さんよろしくお願いします」
 それだけ言うと、すかさず俺は自分の席に座る。そして、まるで何事もなかったかのように振る舞った。それが、今俺の出来る唯一の行動だ。先生は教卓の上にある俺の写真と、今の俺を交互に見返しながら、動揺している。無理もない、そこには『男だった』俺の写真があるんだろう。だが、今ここにいるのは『女の子』になった俺だからな!
 暫くの間、俺と写真を見返すと、急に先生は何かを納得したような顔をして、次の生徒の番号を呼んだ。
 何をどう納得したのかは分からないが、取り敢えずこの場は丸く収まってよかった。
 このまま早く時が過ぎてしまえばいいのに、そう思った瞬間だった。
 出席番号三二番、最後に立ち上がった女子生徒は、こちらの方をものすごい表情で見つめている。だが、俺が驚愕した理由はそれじゃない。その子の隣には俺と同じように、どっかの誰かさんに似たような人が見える。気のせいだと思いたいが、きっと無理だろうな。
「あっ」
 先に声を漏らしたのは咲耶の方だった。
 というか、何で今の今まで気付かなかったんだよ! と思ったが、すぐに思い直す。いや気付くはずもない、と。今のヘンテコな状況で自分の周りを冷静に見られる人間なんて、果たしているのだろうか? いや、いない。断言するね。
「見てください! 早速見つけましたよ、私以外の神様です!」
「何それ……聞いてないんだけれど」
「何言ってるんですか! これから御言さんは、あの女子生徒とパンツを取り合うんですよ?」
 思わず咲耶の言葉を聞き返す。今聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしたぞ。俺の勘違いであってくれと願いつつ、もう一度咲耶にさっき言った言葉を尋ねる。
「ちょっと待って。今なんて……」
「だから、今からあの女子生徒とパンツを取り合うんです。神の威信をかけて」
 なんてちっぽけな威信なんだと、心の中で叫んだ。
「しゅっ……出席番号三二番。天野陽向あまのひなたです。よ、よろしくお願いします」
 可哀想に。彼女はこっちの方をチラチラ見ながら、動揺している。席に座る時も、思わず椅子が倒れかけて、ガタッとなってしまった。
 彼女は黒縁の、フレームが太いメガネを掛けていて、長い少し茶色がかった黒髪をおさげにしている。見た感じすごく真面目そうな人に見えた。俗にいう委員長タイプのような女子高生だ。
 しかし、この状況で俺は逆に安堵している。俺以外に仲間がいたと、俺は一人じゃなかったんだ! と感動さえしていた。
 ホームルームが終わると、早速、陽向の方に向かって歩いて行った。出来るだけフレンドリーに、笑顔を絶やすこと無く、こちらには敵対の意思はありませんよ、とアピールするのだ。
「どうもはじめまして――」
 俺がそう呼びかけようとした時、俺の前を遮るようにぬっと人影が現れる。
 それは綺羅びやかで鮮やかな様々な色が折り重なった、十二単のような着物を着ている。窓から差し込む光を反射して、まるで後光が差し込んでいるように見えるほどに、美しい女性だった。
 思わず息を呑む。瞳はキラキラと輝き、肌は雪原の如く白く美しい。唇は仄かに赤く、黒髪の長髪は肩の高さで対照的に輪っか状に結ばれている。
「私、天照あまてらすと申します。僭越ながら、神を行っているものです」
 そう言い、顔の前でパッと扇子を広げた。金色の縁で彩られた、彼女の着ている着物と同じ七色の扇子だ。咲耶と同じセリフを言うに、彼女も咲耶と同じ関係者だということが、俺の中で確定した。思わずゴクリと唾を飲む。ということは、彼女も咲耶と同じ神様ってことなのか? そして、例によって彼女も俺と陽向以外には見えていないようで、周りの人は見向きもしない。
 天照は敵対心バリバリでこちらを睨みつけている。友好的な対話は難しそうだ。
「血の気が多いのは結構ですが、ここは人目も多いですし何より場所が悪い。ここは場所を移す、というのは如何でしょうか?」
「い、いや場所を移すも何も俺は――」
 俺の言葉を遮るようにさっきまで押し黙っていた陽向が、天照の名前を呼ぶ。その声には、さっきまでの動揺は微塵も感じられない。むしろ何かを覚悟したようにさえ聞こえる。
「天照、私は逃げも隠れもしないわ。それにさっきのことは、まさか同じ高校同じクラスに、いたなんて、そうそう無いことだから、ちょっと驚いただけよ」
「陽向がそう言うのであれば、私からはこれ以上何も言いませんわ」
 天照は陽向の言葉に、あっさりと身を引いた。陽向は一歩俺の方に近付くと、改めてと言わんばかりの表情で挨拶をする。
「天野陽向と申します。貴方の、敵です」


3


 出会ってわずか数十分で、俺はクラスメイトに敵宣言をされてしまった。何が悲しくて、同じ高校の同級生の女の子に、そんなこと言われなければならないのか。
 陽向は、黒縁メガネのフレームを右手の人差し指と親指で、摘むようにクイッと上げると、両手を自分の体の前で組んだ。キリッとした目に、ジリジリと睨みつけられると、非常に威圧感を感じる。
「ここでお互い、神衣かむいを賭けて戦い合う、それもまた一興でしょう。しかし、天照の言うことにも一理あります。それに、私は他の関係のない人間を巻き込みたくありません」
 陽向はそう言うと、教室の窓から見える大きなグラウンドを指差して、静かに提案するように言った。
「どうでしょうか? あそこなら、思う存分お互いの死力を尽くして戦い会えると思うのですが」
 別に俺に戦う意思というか、女子高生から無理やりパンツをはぎ取るなんて、鬼畜の所業を行う意思はこれっぽっちとして無い訳で。つまり、俺に端から戦う意志など毛頭無いわけなんです。そもそも、そんなことしたら犯罪です。俺は、雰囲気に流されるような人間では無い。
「陽向さん。何か勘違いしてると思うけど、俺は別に――」
「その挑戦、乗ったぁぁぁぁぁぁ!!!」
 俺の背後からけたたましく叫びながら、咲耶が俺を押しのけて陽向の前に出てきた。こいつ、やる気満々である。
 和平を申し出ようとした俺を押しのけて、咲耶は陽向へと宣戦布告したのだ。もうめちゃくちゃである。
「いいでしょう。入学式は午前で終わります。午後を告げるチャイムが鳴る前に、お互いグラウンド前に集合ということで」
「首を洗って待っててくださいよ!」
「ちょっと、何勝手に話を進めてるの!? 俺は了承してないよ! まって、陽向さん! 俺は別に陽向さんとパンツの取り合い……もとい、聖戦なんてする気は無いからね! あ、ちょっと陽向さん? 陽向さーん!」
 慌ててその場を取り繕おうとしたが、時すでに遅し。陽向と天照は完全に戦う気満々で教室を出て行った。俺は二人の背中を只見つめることしか出来ない。それもこれも、全部咲耶のせいである。
「頑張りましょうね! 御言さん!」
「頑張りましょうね、じゃねぇよ! 一体何でこんなことになったんだよ!?」
「だから、今から御言さんには神の分身として、同じく神の分身である、彼女と戦ってもらうんです! これは、神聖なる神々の戦い……そう、聖戦なのです!」
 俺と同じ境遇だと思っていた陽向は、意外とこの馬鹿げた聖戦とやらにノリノリだった。しかも、これが初めてでは無いといった口ぶりな訳だが、彼女は今から何を行うのか分かっているのだろうか? パンツを取り合うんだぞ? ズボンでも無く、スパッツでも無く、パンツだぞ? 
 いや、確かに男の俺としては、すごくこの聖戦には興味がある。
 ただ、俺は……その一時的な欲求を満たすために、高校三年間という至高にして究極の青春という時間を、棒に振りたくないんだ! もうすでに最初の時点で大きく躓いてしまったけれども、まだ、挽回できる。俺は普通に勉強して、普通に部活して、普通に恋愛する、普通の高校生になりたいんだ!
 そんな俺の悲痛な願いが叶うはずもなく、咲耶に無理やり引きずられながら、放課後、グラウンドへ連れて行かれてしまった。
「待っていましたよ」
 グラウンドに向かって歩いて行くと、陽向に声をかけられた。俺と咲耶がグランドに到着する頃には、もうすでに陽向と天照は居たようだ。他の学生が校門からゾロゾロと出て行くのを見送りながら、グランドで仁王立ちしながら待っている、ちょっと怪しげな二人組の方を見ると、シュール過ぎて少し笑いそうになった。
 今からパンツの取り合いをするんだと思うと、さらに笑いがこみ上げてくるので、何も考えないようにする。まさか高校生にもなって、見知らぬ女の子とパンツの取り合いをするとは思わなかったよ。
「神衣はちゃんと着ていますね?」
「神衣?」
 さっきから陽向が言ってる『神衣』という言葉が、何のことかさっぱりわからず、咲耶の方を見ると小声で『パンツのことです』と教えてくれた。もはや何も語るまい。無言で陽向に向かってコクリと頷くと、聖戦の火蓋は切って落とされた。
「しかし……」
 急に咲耶は難しい顔をして眉間に皺を寄せている。今更一体何が不満だというのだろう?
「天照とは……相手が少し悪いですね」
「知っているのか? 咲耶」
「はい。神にも位というものがありまして」
「ふむふむ」
「天照は神の中でも最高位に位置する程の強者……」
「ふむふむ」
「勝率は五分五分といったところですか……」
「なるほど。ところで、咲耶の神の中での位は?」
「最下位くらいでしょうかね」
「君は何を根拠に、勝率は五分五分などと抜かしやがっているわけなんですか?」
「えへへ!」
 咲耶は可愛らしく舌を出しながらごまかすように笑った。世の中の男は、その笑顔に騙されるかもしれないが、俺は騙されないぞ!
「人払いも済ませましたし、そっちから来ないのであれば、こちらから行きますわよ」
 天照はそう言うと両手に扇を持ち、大きく広げた。気が付くと何やら見たことの無い模様が、俺達とグラウンドを包み込むように、球場に取り囲んでいる。あまりにも現実離れした光景に唖然としていると、咲耶が俺の耳元で、『心配しないでください。これはただの人払いの結界です』と教えてくれた。
 ああ、なるほどね。他人から見えなくなるとか、そういう感じの例のアレね。
『天岩戸』
 天照がそう言うと、急に辺りが薄暗くなってきた。まるで夕日が時間とともに地平線に沈み辺りが暗くなるかのように、辺りは真っ暗になっていく。
 まてよ、今はまだ昼間だぞ。一体何が起こっているんだと、驚愕していると、足音だけが耳に響いて聞こえた。誰かが走って近づいてきている?
「捕まえた」
 背後から声が聞こえる。辺りは何も見えないほど真っ暗だ。しかし、俺のすぐ後ろに誰かいる、気配を感じる。間違いない。陽向は俺のすぐ後ろにいる。

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