星の都のストク・イン |
2 3 ええ、ライトノベル研究所GW企画作品『星の都のストク・イン』をご覧くださいましてありがとうございます。 なんだか聞き慣れない名前の出てくる、SFのような落語のような怪しげなお話でございますが、400字詰原稿用紙で50枚かそこらでおつきあい願います。 さて、A long time ago in a galaxy far, far away……とくれば『スター・ウォーズ』でございますが、これも別の時空のお話でございます。 便利なもので、こう前振りをしておけば、どんな無茶苦茶もたいていのお客さんは許してくださいます。 全く、ありがたいことで。 ここにも、私共の住んでおります宇宙とは別の宇宙がございまして……。 「クレルヴォでごぜえやす、遅くなりまして」 石造りの真っ白で大きな御殿の、真っ白な広間の隅っこで。 一人のがっちりした身体の若者が、白い髭を長く伸ばしたお年寄りの前にひざまずいております。 かつては悪がはびこって争いに満ちていた「宇宙」をひとつにまとめた偉いお方で、お名前をワイナミョ・イネンと申します。 二つ名は、「強固なる不滅の賢者」。 若い頃には右手に剣、左手には何と申しますか、 そんな具合に宇宙をまとめてからは、下々からはもう神様のように扱われますので、「それでは本当に神様になろう、もう一切何もしないよ」と国の取り仕切り一切をご家来衆に任せて隠居してしまいました。 「おぉ、クレルヴォか」 このワイナミョさんの下働きでございまして、それはもう筋肉隆々の20歳過ぎ。 その怪力たるや、そこらの重機やユンボなど比べ物にはならないほど。 力仕事をさせたらこの宇宙で右に出るものはおりません。 では他の仕事ではどうかといえば、それは言わない方が……。 身なりをあまり構わない、レンガ色の無精髭ぼうぼうのいかつい男でございます。 「朝から御殿入り口のガーゴイル倒れましたんで直しに行っとりまして、帰って来たら妹のイルマがご隠居からの使いがあったと慌てとりましたんで」 「おお、ガーゴイルが。ワシは気づかなんだがイルマは無事であったか?」 「へえ、おかげさまで妹には何のお咎めもなく」 「なんじゃ、ガーゴイルが倒れたのはまたアレか」 「毎度のことで面目次第もごぜえやせん」 「なんの、最後の戦でお前たち兄妹だけになったのを、ワシが面倒見ておるのではないか、何を咎めることがある」 「では、妹のアレではないので」 アレと申しますのは、このクレルヴォの妹イルマの悪い癖でございます。 姿かたちは幼い赤毛の女の子でございますが、年の頃は娘盛りの16、7歳、頭が切れて手先も器用。 世間からは「永遠の匠」と呼ばれて、毎日のように怪しげな機械をいじっては、しょっちゅう大爆発を起こしております。 「何やら徹夜でワシのような」 「お前がワシというな、まだ若いではないか」 「いえ、何やら大きくて翼のあるものを宿舎の地下室でコトカとか呼んでおりましたので」 鷲はコトカ、因みに鷹はハウッカとも呼ばれております。 「しょうがないのう、いや、実は骨折ってもらいたいことが」 「承知しました、で、どいつの骨を」 「いや、喧嘩してこいというのではない」 亡くなった両親が戦に明け暮れる部族の出身でございまして、その血を思いっきり引いております。 人は育ちと申しますか、三つ子の魂百までと申しますか、神にも等しいこのご隠居でも如何ともしがたいことはありますようで……。 「レミンカのことじゃ」 「若旦那?」 育ちのせいかクレルヴォが「若旦那」と呼ぶのはご隠居の息子、即ちこの世界を継ぐお方でございます。 名前をレミンカ・イネンと申しまして……。 「20日ほど前からふとした風邪が元で寝込んでしまいよった」 「お医者には?」 「何の病かもさっぱりわからん」 「ちょっと待ってください? あの、若旦那が?」 「レミンカじゃが」 「あの、むらっ気が多くて喧嘩っ早いレミンカ・イネン様」 血の気も恋も多いイケメン若様、とでも申しましょうか。 「それはお前もじゃ。この間も街で大喧嘩、隠居の身では後始末にも限度というものがある」 「いや、それは妹のイルマを大事にしろと、チャラけた彼氏にちょっと靴下を……」 「今は脱がんでよい。落ち着け……脱ぐな、脱ぐなよ!」 この靴下も、「永遠の匠」イルマの手作り。 ついた二つ名が「青き靴下の息子」。 実はこれがないと、戦闘部族の血がたぎったときにとんでもないことになるのでございますが、それはともかくイルマも年頃の娘。 いらぬ虫がつかないか、クレルヴォもただ一人の肉親として毛深い胸を痛めております。 「あれでまた男を逃したな。嫁き遅れたらどうする」 「メカ一筋で男の良しあしも分かりやせん。いい加減な男が騙そうとしようもんなら」 満面に朱を注いで両の腕を左右にぶんぶん振るだけで、脇の下でかぽーんかぽーんと音がいたします。 「心配ない、そのときはワシが面倒みる」 「チョーシこいてんなよジジイ!」 奥方は早くに亡くなって独り身を貫いてはおりますが、隠居してからはちょっと前まで有閑マダムから深層の令嬢、市井の美少女に至るまで浮名を流していた、なかなかファンキーなご隠居でございます。 いらぬ心配をしたクレルヴォが、あろうことか「不滅の賢者」に見境もなく突進してくるのを抑えていこの力。 ご隠居の 「確かにレミンカは容姿端麗で腕も立つ。そのうえ、フォースもただものではない」 「だから困ってるんでごぜえやせんか? 女癖は悪い、ご隠居譲りのフォース鼻にかけてまあやりたい放題。ご隠居も大変で」 ようやく落ち着いたクレルヴォがつい漏らした本音には、ご隠居もむっとしたようで。 「お前なんべん片棒担いだ? 息子の後始末はお前の後始末でもある。幼いころから戦続きであまり手をかけてやれなんだが、まあ子どもの頃から仲良く遊んでは仲良く悪さをして大きくなったものよ」 そういうお顔がほころんでいるのは、ご隠居のお人柄と申しましょうか。 クレルヴォも、脇道へそれた話を自ら元に戻しました。 「左様でごぜえやしたか。お医者もダメなら葬儀の段取りを」 「待て。せがれはまだ生きておる」 「どうもこうもなりませんな」 「どうもこうもならんのはお前じゃ」 今度はクレルヴォが臍を曲げたようでございます。 「そういうことでごぜえやしたら、賢いイルマにでも」 「使いのついでにイルマに聞き合わせてみた」 息子のことをよく知っているのは良い父親だ、という諺があるそうでございますが、これは「そんなことはあり得ない」という意味なんだとか。 このご隠居、「不滅の賢者」と呼ばれても息子のこととなると全く知恵が回らないようで。 これを見よ、と投げてよこしたのはポータブルDVDプレイヤーほどの小さな箱でございます。 蓋を開けてみると、長い赤毛をを乱雑なポニーテールに括った眼鏡娘の これも、イルマお手製でございましょう。 この娘が申しますには……。 「お医者さまでもポホヨラの湯でも治んないわけでしょ? 鬱ね、鬱。心に思いつめてることがあるのよ。聞き出して叶えてやることね。じゃ」 口の利き方を知らない娘でございます。 この兄にしてこの妹ありと申しますか。 ところでポホヨラと申しますのはたいへん風光明媚な星で、最後の戦で乳飲み子を抱えて独立を守ったロウヒというシングルマザーの女帝が治めております。 その地の美しさときたら、宇宙のあちこちで歌われるくらいで。 ポホヨ~ラ~よい~と~こ~いち~ど~はおい~で~ ロウヒ~の母~さ~ま~良いお~ひ~と あ~こりゃこりゃ…… 失礼いたしました。 さてクレルヴォが蓋を閉じようといたしますと、妹のホログラムがこれを強引にこじ開けて申します。 「言い忘れたけど、話を聞く限りじゃ保ってあと5日……何とかしてよ、お兄ちゃん!」 要件が済んだところで蓋は勝手に閉じてしまいました。どういう造りかよく分からない辺りが「永遠の匠」でございます。 そこでご隠居、頭を深々と下げまして……。 「ワシが何を聞いても答えんのじゃ。そこでクレルヴォ。子どもの頃から仲良く遊んだり悪さをしたりしてきた仲なら言いやすかろう。頼む、レミンカに死なれてはせっかく治めた世界がまた争乱の底に沈む」 無精髭のクレルヴォがボトボト涙をこぼしておりましたのは、妹のホログラムにおちょくられたのが情けないからではございません。 清らかな川での幼いイルマと3人、丸裸の水遊び。 お忍びで抜け出した街角での、悪ガキどもとの大喧嘩の数々。 クレルヴォが足を引っ張った、レミンカ様の初めてのナンパ……。 竹馬の友と申しましょうか、身分は違えども共に育った年月のことが一遍に思い出されてまいりましたので。 「何でもないことでごぜえやす」 鼻水と涙を毛深い拳でぐしぐし拭いながら駆けて参りましたのは、御殿の奥にあるお世継ぎの居室でございます。 「若旦那? 若旦那? こんな広うて暗いお部屋のどこにおいでで?」 薬の臭いがつーんと鼻を突く陰気な部屋の奥から、若者の声がいたします。 病ですっかりよれておりますが、それでもただのお人ではない気品が感じられるのは、生まれお育ちのおかげでございましょう。 「来るなと言い置いたはず! 誰だ、無礼な!」 「クレルヴォでごぜえやす!」 「おお、待っていたぞ」 この国で一番偉いお人の息子のところへ下働きの者がずかずか上がり込めるというのは、幼いころから気心の知れた間柄だからこそ。 「もう心配で心配で!」 「心配なら大きな声を出すな、僕は病人だ」 「それでも有り難いのは、クレルヴォなんぞを頼ってくださいましたこと。『不滅の賢者』にさえも言えないようなことを……」 「うるさい、人の話を聞け」 「へえ、それで話とは」 「そのナイフで、僕の胸を突き刺してくれ」 「こうでございますか」 単純な男でございます。 枕元のテーブルに置いてある果物、そこに添えてあるナイフを逆手に持ったかと思うと若旦那の胸にブスッ! ……と思えばベッドの上は空。 ナイフは絨毯の上に音もなく落ちます。 「わ、若旦那! 若旦那!」 今にも死んでしまいそうな声を立てているのはクレルヴォのほう。 若旦那はと申しますと、いつの間にか背中に回って首を裸締めにしております。 病んでいるとは申しましても、さすがは音に聞こえた武術の達人でございます。 「いかん、つい締め落とすところだった」 「ぜ~、は~、元気じゃごぜえやせんか」 「いや、命が危機にさらされると身体が勝手に」 「そうでごぜえやすか、では」 その辺にいかつい鎧兜一式が飾ってございまして、手には大きなポールアックスが握られております。 筋肉隆々たる大男がそれをひっつかんで一振りいたしますと、たちまち旋風が巻き起こります。 若旦那は長い黒髪をゆらめかせ、大きくのけぞるや紙一重でかわします。 「何をする!」 「いや、死にかかれば元気になると先ほど」 「死んだら意味がない!」 のそのそとベッドに潜り込んだ若旦那、何事もなかったかのように病人に戻ります。 「クレルヴォ、おまえにだけ教えてやる。笑ったら死ぬからな」 「お話によりますが」 そこで若旦那の目がカッと見開かれますと、クレルヴォのいかつい体はふわりと宙に浮きまして、天井に叩きつけられます。 「笑いません、そんな怖い顔して、死んでしまうなんて、あ、痛い、笑いません……」 「何を隠そう」 若旦那がころりと寝返りを打ちますと、クレルヴォは大の字のまま床に激突いたします。 その様子がよほど可笑しかったのか、若旦那の声も多少震えております。 「笑うなよ」 「笑ってるのは若旦那のほうではごぜえやせんか?」 「ならば死ね」 ベッドの上に起き上がった若旦那の手に握られているのは剣の柄。 ぼうん、とそこから暗闇の中で伸びる光は、なんと申しますか、らいとせいばあ? とにかく、その手の光る剣でございます。 「聞きます! お願えでごぜえやすから、どうかその、らいとせいばあを」 「うむ、20日ほど前のことだ」 ぷしゅう、と光の剣が柄におさまりまして、改めてシーツにくるまって背中を向けた若旦那の告白が始まります。 「ポホヨラへ行った」 「ポホヨラ! 存じておりやす。ポホヨ~ラ~よい~と~こ~いち~ど~はおい~で~、ロウヒ~の母~さ~ま~良いお~ひ~と、あ~こりゃこりゃ……」 「うるさい」 クレルヴォの巨体が 「……続きを」 「海辺のテラスで一服したところ、お付きの方を伴ってやってきたのが20歳ばかりの美しい娘だ。僕がついうっとりと」 「いつものように」 「いっぺん死ぬかやっぱり」 背中で凄まれるのも恐ろしいものでございます。 「らいとせいばあはご勘弁を」 「……見とれていると、彼女もニコッと」 「そうやっていつも女の子ひっかけては惚れたの腫れたのひっついては離れるの、相手に男がいたらいたで切った張ったの大喧嘩、おかげでこのクレルヴォも」 積もりに積もった日ごろの恨みつらみをこんな風に並べ立てられるのは、幼馴染なればこそ。 普通の人ならただでは済むまい悪態の数々を聞いているのかいないのか、若旦那の恋物語は続きます。 「その場を立ち去るときにふわありと落ちたのが真っ白なハンカチ。もしもし落ちましたよと拾って届けに駆け寄れば」 「おっじょおさん、ハ~ンカッチが落っちましたよ」 「……白く美しい指でそっとつまんで懐へ」 「ああ~、あなたの~ハンカ~チ~に~な~り~たいわ~」 歌うクレルヴォがごろごろごろ~っと転がって、先ほどの壁にど~んとぶち当たりますと、ベッドの上ではシーツにくるまった若旦那のレミンカ様が、それを真っ青に燃える目で睨みつけております。 「お付きの方に一枚のメッセージカードを出させて」 目を回すクレルヴォに、重々しい声で話を続けます。 「ガチョウの羽の形をしたペンで何やらさらさらっと書いて僕に手渡すと、幻のようにその場から消えた」 「フォースの力で?」 「夢のないことを言うな、僕がメッセージカードをうっとり見ているうちに、足早に立ち去ったのだ」 そう言いながら心はその時にまで遡っておりますようで、目はどこを見つめているのやら。 こうなるとこの若旦那、クレルヴォの手には負えません。 「……何が書いてありましたんで?」 恐る恐る尋ねてみますと若旦那、急に居住まいを正しまして、猫背になった背筋をしゃんと伸ばします。 「セヲハヤミ イワニセカルル タキガワノ……」 「あぁ、なにかのフォースの呪文?」 「お前な……」 クレルヴォの無知に深々と溜息をついた若旦那、そこは気を取り直しまして、幼馴染をゆっくりと諭します。 「これは遠い昔、宇宙のどこかでストク・インという尊いお方が歌った詩の前半、カミノクだ。シモノク、つまり後半は『ワレテモスエニ アワントゾオモウ』がわざと書いてない」 「そそっかしいですなあ」 「お前と一緒にするな」 「そうでなければ、若旦那がカードに気を取られている隙に」 「犬や猫じゃあるまいし。いつかきっとお会いしましょう、という部分だけが伏せてあったのだ。そう思うと、居てもたっても居られなくなってなあ……」 「じゃあお会いになったら。いつものことでごぜえやしょう」 そんな軽口を叩きながらも身構えておるのですから、何ともはや学ばない男でございます。 ところがこの若旦那、クレルヴォの無礼に怒りのフォースを放つかと思いきや、は~っと深い溜息をついたものでございます。 「どこの誰かもわからんのだ。ただ、その顔だけが目の前に浮かんでくるのだよ、ほらクレルヴォ、ブサイクなお前でさえ、その娘に見える……」 それもそのはず、クレルヴォのいかつい身体には、思わず知らず若旦那のフォースが映し出すその娘さんの姿が、例のホログラムの如く重ねられております。 ごわごわの髪にエラの張ったしかく~い顔には、ふうわりとしたプラチナブロンドに優し気な顔立ちをした青い瞳のお嬢様が、これまた光り輝くような白いワンピースで微笑んでおります。 ベッドの上から両の手を差し伸べて迫る若旦那には、さしもの筋肉隆々たるクレルヴォも一歩引かざるを得ません。 「勘弁して下せえ、気色の悪い」 そう言いながら、この国のお世継ぎレミンカのもとを達者な2本の足でたったか逃げ出したクレルヴォ、そのままワイナミョご隠居の下へと向かいます。 「こんなこったろうと思ったんだよ、いい加減にしろあのボーヤ……」 御前に出るが早いか、ご隠居は老体に鞭打って、「どうであったか」とクレルヴォに駆け寄ります。 話をつぶさに聞くや、なるほどと手を叩きました。 「そうかハンカチ拾うとはせがれも古い手を」 「ご隠居も身に覚えが」 「そうそう、いい女を見かけると、ハンカチでも財布でも、落ちてもおらんものを……」 「いや、財布はそのまんま持っていかれたら」 「そこでさりげなく中身を見せて、ああ奢ってもらえそうだな、と思わせるのじゃ」 「ご隠居も隅に置けませんな、このエロジジイ」 「今なんか言ったか」 「いや、というわけで、そのストッキングとかいう」 「……ストク・インではないか?」 「そうそう、そのミスター・ストック」 「もうよい、その歌なら、セヲハヤミ イワニセカルル タキガワノ……」 「そう、その先が書いてない」 「ワレテモスエニ アワントゾ オモウとは、今はこうしておいとまいたしますが、いつかきっとお会いしましょうという……」 「さすが、血は争えませんなあ」 「そうじゃワシの息子なら、って何か言ったか?」 「あっしの顔がそのお嬢さんに見えると」 そこでご隠居、さあっと色めき立ちます。 当然でございましょう、お世継ぎのお相手になるかもしれない娘さんでございます。 「どんな顔じゃ」 「こんな……」 エラの張った男とご老体、えらく暑苦しいカラミになったもので。 「うっぷ、お前の顔ではない、現物を」 「ご隠居、若旦那みたいなフォースはご勘弁を……代わりに私の」 「何をするか」 またしてもクレルヴォ、石造りの大広間をごろごろごろ~っと吹っ飛ばされまして、今度は勝手に開いた大扉の向こうへ放り出されました。 老いたりとはいえご隠居、なかなかのフォースでございます。 さて、クレルヴォとはいいますと、しばらく経って息せき切って戻ってまいります。 「ただいまここに」 「どこにおったのじゃ」 「そこの扉、ぽおんと出てからはなあんにも覚えがごぜえやせん。気が付いたら御殿の外で行き倒れと間違われて、人だかりができておりやした」 「迷惑な奴よのう」 自分でやっておいて無責任な話でございますが、これも親子で。 「つまり、その娘を妃に迎えればよいのじゃな。探してまいれ。イルマが申すには、あと5日ではないか」 「面目次第もごぜえやせん、妹がいらんことを」 「いや、せがれが死んでは元も子もない、この世界を継ぐ者がおらんようになる。早うまいれ」 「そう言われましても、どこを探せば」 「全宇宙回って探して来い!」 無茶ぶりもいいところで、クレルヴォもぶつくさ言いながら、御殿に仕える人たちの宿舎で共に暮らす妹のもとへと帰ってまいります。 「そういうわけで、どこをどう探したらいいのやら」 「無理ね」 午後のお茶なんか飲みながら、たった一人の肉親の災難を虚ろな眼で言って捨てる薄情な妹でございます。 「簡単に言うがな、ただのご隠居の頼みじゃあない、不滅の賢者だぞ、不滅の……」 「その不滅の賢者にできないことを、何でお兄ちゃんができるかなあ」 自分で作った甘ったるいクッキーを一口かじって、兄にも勧めます。 「まあ、糖分取って」 「そんなもん食う気になれるか、考えてもみろ、最後の戦で右も左もわからんうちにオヤジオフクロ死んでしまってなあ、ご隠居が拾ってくれなかったら俺たちゃどうなっていたか」 大の男が仁王立ちのまま、ず~っと鼻水すすり上げますと、大粒の涙がぼたぼたあ~っと床に落ちます。 「お兄ちゃん、そこどいて暑苦しいから」 「若旦那も、こんなどこの馬の骨ともしれんブサイクと子供の頃から……」 「自覚はあったんだ」 まぜっかえすイルマでございますが、眼鏡の向こうには何やらキラリと光る粒がございます。 「ご恩返しをしようにも、そのお嬢さんがどこの誰かも分からんでは」 「全宇宙回って探すのね」 眼鏡をはずして目の下をそっと拭いながらつぶやきますと、兄は身体を固~く強張らせてぶるぶる震えだします。 「ご隠居とおんなじような無茶を」 涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにして泣く兄からしばらく顔を背けておりましたイルマ、思い切ったようにすっくりと立ち上がるや。 「ついてきてよ」 お茶を飲んでいたテーブルの下に潜り込んで何やらごそごそやっております。 クレルヴォがしゃがみこんでみますと、そこには四角い大きな穴。 これが例の「地下室」なのでございましょう。 セメントか何か固めて作った階段が続いていく先の暗闇から、妹の声が聞こえます。 「その汚い顔拭いてからね。コトカに乗せてあげるわ」 洗面所で顔をばしゃばしゃやってから机の下に屈みこみ、ひいやりと冷たい空気の階段をどこまでも降りてまいりますと、ぼんやりとした明かりの中に何やら大きな鳥のようなものの姿がございます。 これが、コトカ。 クレルヴォの妹イルマ、「永遠の匠」の作った機械の大鷲でございます。 その両脚がつかんでいる魚のようなものは、水上に降り立つための「浮き」かとも思われます。 「どう? 音の何十倍も速く、時空を超えて別の星へも一瞬で飛べるわ」 ところがクレルヴォ、力はあってもそれほど器用ではございません。 どのくらい不器用かと申しますと、太いワイヤーは力任せにちょ~ちょ~結びができましても、針の穴には糸が通せません。 「しかし俺では操縦が」 不安そうな兄の声など、妹には聞こえておりません。 「しかも超高性能の人工知能を持つ完全自立型」 「あと5日だぞ」 ああいえばこうと愚図るクレルヴォも、やる気になったイルマに太刀打ちできるものではございません。 「これに乗れば5日間で充分、ポホヨラの周辺を探して回れるわ」 「探すところが広すぎる」 クレルヴォにしてはもっともな言い分。 ポホヨラの周りには、人が住む星がいくつもございます。 「現場100回! そんなにきれいな人だったら、最初に出会ったポホヨラで覚えている人がいてもおかしくはないわ」 血の巡りの悪い兄も、ようやく得心が行ったようで。 「よく分かった。それなら、ハッチを開けてくれ」 「……ハッチ?」 「このコトカに乗って、飛んでいかんと」 机の下の小さな穴では、飛ぶどころか出ることもままなりません。 イルマもしばらく考えておりましたが。 「あああああ! 出口がない! 忘れてた!」 仕方な~くクレルヴォ、ご隠居に5日のお暇を頂戴いたしましてポホヨラへと参ります。 それでは皆さん、ご一緒に! ポホヨ~ラ~よい~と~こ~いち~ど~はおい~で~ ロウヒ~の母~さ~ま~良いお~ひ~と あ~こりゃこりゃ…… 「ただいま」 「見つかった?」 「見つかるわけあるかい、海辺のテラス片端から探して、街中歩いて、遠い田舎まで行って、高い山の上まで登って……若旦那より先に俺が死ぬ」 「どうやって探したの?」 「だから4日かかってポホヨラ中くまなく……あ」 「どんな人か知らなかったんじゃないでしょうね」 「いや、若旦那の話はして回ったぞ」 「レミンカ……様しか知らないことを他の人に聞いて回ってどうするの!」 レミンカと「様」で間が一拍空いたのはどういうわけでございましょうか。 > 2 3 感想 |