古太刀和也の怪異譚 生贄の巫女と優しい詐欺師 |
2 3 『や~ん、そこはらめぇ、真冬の秘湯エロエロ混浴』というエロ本。それを僕の隣人が読んでいた。僕の隣の人物、ブショウさんはそれを読みながらたまに「うひょー」とか「ハラショー」とか奇声をあげる。 それはまだ良い。問題は 「ブショウさん、今時東京から奈良に行くのに夜行バス? 修学旅行の時だって新幹線使ったよ」 「るせーよヤサ。ウチは貧乏なんだよ。我慢しろ」 ブショウさんはぼうぼうに伸ばした髪の毛を掻きながら、かったるそうに答える。 「ねえ、ブショウさん。夜行バスは視えるから嫌なんだけど」 崖から何度も飛び降りる人影、真っ暗闇の公衆便所からこちらを覗く目。 そしてさしあたり大問題なのは。 「あそこの前の席に座っている女の人。二時間くらいずっと何か呟いているんですけど、ブショウさん」 「何、ツイッターしてんの。別に良いじゃん」 そういう意味じゃねえ。 「からかわないでくださいよ。あれ、どう見ても――霊ですよね?」 青白い頬、生気がない目、どことなく漂う死の香り。他の人は気づいていないらしい。 「地縛霊の類だな、ありゃ。バスを拠り所をしている。関わらないのが吉」 「……成仏させてあげないんですか?」 「俺ら『庶民派陰陽師』の源流は?」 「詐欺師、です」 時は遡って平安時代。世には安倍晴明やら賀茂忠行といった陰陽界のスーパースターがいた黄金期。そのスーパースターたちは言わば「正規派」。だが、我らの大先輩方は「庶民派」と名乗って、普段は宮廷務めの「正規派」の陰陽師たちに変わって、貧しい農民や町民に対して怪異払い、妖怪退治を請け負っていた。 けれどまあ、やってることは「正規派」陰陽師の猿まね、真似事。要は詐欺だ。現代で言う霊能力詐欺みたいな感じだ。 「天国に行かせるなんて高度な術式持ってねえよ。精々このバスごと爆弾で吹っ飛ばせばあの地縛霊も成仏すっかもな」 「テロリストですか。僕らが地獄に落ちますよ」 僕と会話するのもめんどくさそうにブショウさんが手を振った。 「……ブショウさんがやらないなら、僕がやりますよ」 「お前、マジ? どうなっても知らねーよ。俺は何も手伝わねーから」 「だって、幽霊はみんな、悲しそうなんですよ。成仏しなくちゃ、苦しいだけなんでしょ」 僕はブショウさんにそう言い残し、席を立った。 僕は女の人のところまで歩く。成仏させる術式なんて、僕は知らないが、ちゃんと霊と向き合い、言葉をまじあえば成仏させられるはず。 「ショウジさんショウジさんショウジさんショウジさんショウジさんショウジさん……」 長髪の女の人は誰かの名前をずっとぶつぶつと呟いていた。「ショウジさん」、どっかで聞いたような名前だった。 「あの、こんばんは」 僕はカウンセラーさんを思い出す。人でも幽霊でも、 「ショウジさんショウジさんショウジさんショウジさんショウジさんショウジさん……」 ガン無視。信頼関係築く気ゼロっぽい。だが、なんのこれしき。 「今日は良い日ですね。晴れてましたね」 言ってから自分のアホに気付く。幽霊に日中のこと話してどうする。 「ショウジさんショウジさんショウジさんショウジさんショウジさんショウジさん……」 案の定シカトされた。 「あ、えーとそのショウジさんって誰なんですか?」 言ったとたん。 女の人は呟きをやめて僕の方にグッと顔を向けた。思わず身を引いてしまうような鬼気迫るギっという顔。無表情、無言でガン見。怖い怖い怖い。 落ち着け落ち着け。大丈夫、幽霊だって、元は人間。話せば分かる。 「ショウジさん? 男の方ですか? きっと素敵な方なんでしょうね」 取りあえず褒めておけば、こちらの言うことも聞いてくれるだろう――。 「ハァアアアアアアアアアアアアァお前にショウジさんの何が分かるぅッ。殺すぞ。お前はショウジさんの何なんだッ。答えろ」 甲高い悲鳴とともに女の人は万力を込めて僕の首を両手で絞めた。マズい。息が出来ない。 周りの乗客は皆寝ていて、この異常事態には気付いていない。悲鳴をあげたくても首を絞められ声がでない。 頼みの綱は僕の先輩、ブショウさん。が、ブショウさんは我関せずという態度でエロ本を読んでいた。ちっくしょう助けろコノヤロ、しね、地獄に落ちろ、人が首絞められてんのに何エロ本読んでんだ。 そこで僕は気付く。 「お前、マジ? どうなっても知らねーよ。俺は何も手伝わねーから」 冗談ではなく、本気だったのだ。ブショウさんは例え僕が死んでも動かない。 薄っぺらい同情心や義侠心で霊に関わるな。軽はずみに霊と交じあえば、あの世行き。 マズった。いきなりここまでになるとは思ってなかった。 「ショウジさんの何だ、お前は――――」 なおもそう言い続けて僕の首を締め上げる女性。 クッソ怪力。生前はプロレスラーかなんかか。ジョジョのスタープラチナとタイマンはって勝てるんじゃねーのレベルの馬鹿力だった。 やばい、本気で死ぬ。成仏させるどころかこっちが成仏する。いや、成仏しないでブショウさんを祟り殺すか。マジ末代まで祟る。 「死」。今まで遭った魑魅魍魎を思い出した。僕も死んだらああなるのかも。少なくとも詐欺師に属している時点で地獄行きは決定か。 それは、嫌だなぁ。 「……ィ……リョー」 僕は絞殺される直前の鶏みたいな声で言葉を吐いた。その瞬間ブショウさんがエロ本を投げ捨てた。 「臨兵闘者皆陣列在前」 ブショウさんは右手の指を二本たたせる。二本の指が表すは「刀」、その「刀」にて空を九回斬る。早九字護身法は単純にして即効性がある術だった。 女性の手が緩んだ。僕は咳込みながら、バスの床を蹴り、後ろに下がる。 「おい、ヤサ。『 「人間に物理的に接触している時点で『生霊』でしょう。地縛霊とかアンタがテキトーぬかしてくれたおかげで死にかけたよッ!」 ブショウさんが動いたのは自分に責任の一端があると思ったからだった。 「お前、首絞められてたんだな」 ブショウさんは今気づいたらしい。 生霊。生きた人間の思念が動かすもの。 一言で言ってしまえば、本人が寝ている間に無自覚に幽体離脱したものだ。恨み、怒り、怨念――そして歪んだ恋慕。そういった感情が強すぎると人の「魂」の部分が抜け出し、くすぶった感情を元に霊となる。 「たっくよぉ、現代のストレス社会の弊害だな。おっと――」 ブショウさんが飛びかかってきた生霊を最低限の動作で交わした。 「おい、ヤサ、本体を探せ。近くにいるはずだ」 取りあえず、寝ていると思われる本体を起こせば、生霊は消える。 僕はバスの車内を見渡した。この騒ぎに「なんだ、なんだ」とまなこをこすって起き始めた乗客が数名。 「お客様、どうされたんですか?」 運転手もミラー越しに不審そうな目でこちらに問うてくる。――だが答える暇はない。 「長髪の女性がいない……?」 車内で眠っている、いや半分覚醒しだした状態の女性の中にも長髪は見当たらなかった。 生霊はその間にもブショウさんへと飛びかかる。 「ぐぉおおお」 ブショウさんが生霊を避け損ねたらしい。ブショウさんは左手をガップリと生霊に噛みつかれて、黒い血が滴っていた。それを見た客が悲鳴をあげた。 「ブショウさん、本体はバスの外かも――」 だとしたら、マズい。この生霊を封じる手立てを僕は持っていない。一瞬、竹刀ケースに僕は目をやった。あのケースに入っている刀を使えば――。 「あれは、やめとけ! 本体は必ずバスの中にいる」 生霊の頭を右手で掴みながらブショウさんが言う。車内は騒然となっていた。バスは急停止。この状況を霊感が無い一般人にどう伝える!? いや、その前にこのままでは、一般人にも生霊が躍り掛かるかも。 そうだ。 僕は大きく息を吸い込む。そして―― 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉおお―――――――!」 目いっぱいに叫んだ。そう、いちいち、本体など探さなくても良いのだ。全員、まとめて起こしてしまえば良い。 だが。 「ちっくしょぉおお、ヤサ早くしろぉおおお、グハァッ」 生霊はブショウさんにそのまま噛みつきながら、僕にもしたように、両手で首を絞めつけ始めた。 一般人もただならぬ気配を感じ取ったらしい。我先にとバスの車外へと降り始めた。 バスの中で、未だに眠っているのは三人。皆、ヘッドホンや耳栓をしていて、この騒ぎに気付かず眠りこけている。 一人はビジネススーツ姿の三十代男性。後の二人は旅行服姿のおばさん二人。 男性は除外するとして、この女性二人のうち、どっちだ――。 「ぃ……オィ」 ブショウさんが必死の表情で何かを僕に言って――僕は駆け出す。 ――そして、スーツ姿の男性を殴り飛ばした。 生霊が消えてブショウさんが一言。 「あーあ、エロ本が血まみれでもう読めねぇ……」 「ニオイ」 ブショウさんは僕にそう言ったのだ。生霊は本体と同じ匂いがする。基礎中の基礎の知識。 落ち着いて良く、その場の空気を吸ってみれば、男性から色濃く生霊の匂いがした。 つまりはそういうことだ。 「あの男性は自分自身の事を女性だと認識していた、ということですか」 「そういうことだろうなぁ。それで、生霊は長髪の女性として具現化されたわけだ。男が男を好いてちまったわけだから、本人としても色々と悩んだんだろう」 後で思い出したが、「ショウジさん」とはこのバスの運転手さんの名前だった。 僕とブショウさんは警察に御厄介になる前に逃げ出すことにした。と、その前に僕は殴られ伸びてしまっている男性の胸ポケットにカードを入れた。心療内科の案内がのっているものだ。 この男性もきっと苦しんでるのだろう。 「カウンセラーさんに話すとマジすっきりしますから」 そう、僕はそっと言い残し、ブショウさんと共に夜を駆けた。 「うへえー、この歳で真夜中フルマラソンはきついぜ」 「ブショウさんだってまだ三十後半でしょうが」 とはいえ、現役男子高校生の僕にだって十分辛かった。体のふしぶしが火照って痛い。まるで厄病神に憑かれた気分 ご来光は山々の間から望むことになった。陽光の方向に進んで行くと、奈良全体が一望できた。 「おぉおー」 取りあえず、奈良にはついたわけだ。 「ったくよぉ。ここは古代の血と陰が染みついてやがる。ほら、ヤマタノオロチ様がこっち睨んでおられるぜ」 ブショウさんがタバコの紫煙をくゆらせながら、のんびりと良く分からないことを言う。 「ヤマタノオロチ様? 日本神話の『八岐大蛇』?」 僕は目を凝らして、奈良全体を眺めるが、勿論、どこにもそんな影は見当たらない。平城京跡とかの名所やお寺、住宅街、商店街、後は奈良を取り囲む山々くらいだ。 「勉強が足りねえな。すぐそこにいらっしゃるのに」 ブショウさんが笑う。なんかの冗談か? 陰陽師の業界ジョーク? 分かるか。 「おやおや、これは指名手配どの。こんなところにいらっしゃったか」 石段の方から声がかかった。四十代の女性だった。着物を着たかなりの美人さんだった。風流で上品な感じ。そしてその背後には二人の男性がこの女性を護衛するように付き従っている。 「おおっとこれは……ええと誰だっけ……」 「 僕は慌てて、ブショウさんに耳打ち。新参者の僕でも知っている超大物の調伏士だ。 「ああ、そうだった、そうだった。少年院さま、じゃない堂前院さまだ」 「貴様ぁッ、堂前院さまを愚弄するかッ!」「このペテン師どもめが」 付き人二人が容赦のない罵倒を飛ばしてきた。 「やめい。こちらの方々は『神社本庁』からのお客様です、礼儀を持って接しなさい」 「は、はぁ」「堂前院さまがそう仰るなら……」 静かながらも鋭い一括を男性二人にした堂前院さまは、しかし優し気な微笑みをして 「ご無礼いたしました。私の名前は 「いえいえ。無礼なんて気にしてませんゼ。これくらいの罵倒は慣れてますので」 元はと言えば、アンタが悪いんだろう。 「『神社本庁』東京本部から代理としてよこされた、庶民派夜行流陰陽師、ブショウです」 お互いに名刺交換。ここら辺は普通のビジネスマンと変わらない。 「ま、立ち話もなんですので、我が神社、堂前院社にでも、どうぞ」 そういえば、大事なことを忘れていた。 「僕ら指名手配って本当なんですか?」 「おう、喜べよ。念願のテレビデビューだぜ!」 最悪のデビューの仕方じゃねえか! 空港とか行っても貰えるのはファンからの熱い声援じゃなくて警察からの冷たい手錠だ。 通されたのは、社務所というよりお屋敷というに相応しいところの和室だった。縁側からは立派な庭園――鯉が泳ぐ池から、石灯籠まで――が覗く。 「まあ大丈夫でしょう。県警の方へ私から一報入れておきますから」 お茶と菓子を勧めながら、堂前院さまがとんでもないことをサラリと言う。まさか、この人、警察にまで発言力があるのか。 「まあ、しばしごゆるりと。着替えの方もこちらで用意させますので」 僕は自分の服装をチラと見やる。昨日のフルマラソンで木々の枝に引っかかったり、転んだせいでボロボロだった。 「いや、何から何までスンマセン。……饅頭うめぇ」 茶菓子を頬張りながらブショウさんが言う。全くもうこの人は。 「では、ボチボチ、仕事のお話を進めましょう……」 堂前院さまがそう言いかけた時だった。 「お母さまッーーーー」 トントントン、と渡り廊下から足音。見れば白小袖に緋袴の巫女服姿の幼い女の子だった。 端的に言おう。可愛いロリ巫女さんだ 「見て見てお母さま。破魔矢を全部、的に当てられたよッ」 堂前院さまの元に、その巫女さんは駆け寄っていった。その表情は嬉々としていた。 「灯火。お客様の前です」 堂前院さまが静かながらに有無を言わせない声で巫女さんを戒める。 「えー、でも」 「でも、ではないですね。お客様に挨拶しなさい」 「はーい……」 巫女さんは不満げな表情ながらもこちらに向いた。 「初めまして、 ペコリ、と頭を下げた。 「えーと、これはどうもどうも。ええっと……」 ブショウさんが困ったように僕の方を見た。どう返せば良いか分からないらしい。大人のアンタの方がダメじゃねーか。 「おい、ヤサ。お前も挨拶しろ」 結局、僕に振りやがった。もう、しょうがないな、この人は。 「灯火ちゃん、ちゃんと挨拶できて偉いね。僕は東京から来たヤサって言います。よろしくね」 どや、僕のこのパーフェクト神対応。それに対し、灯火ちゃんはボソっと呟いた。 「ジャニーズ顔じゃない、童顔」 んだ、このガキィイイ。童顔気にしているんだよ、僕。高校生になったのにひげ生えないし。 「コラっ」 堂前院さまから叱責がとんだ。 「灯火、あなたには失望しました。私の前から失せなさい、今すぐに」 燈火ちゃんはむっつりした顔でもう一度ペコリと頭を下げると、来た時と同じように廊下を駆けて行った。 「なにも、まあ、そこまで……」 「ウチの不束な娘がご無礼いたしました。出来の悪い娘でして、何卒、ご容赦を」 堂前院さまに頭を下げられて、僕は慌ててしまった。 「いえ、あの、そんな。全然気 途中、本音が出てしまいそうで、あやうく言葉を飲み込む。 そう言って頂けると助かります、と堂前院さまは微笑んだ。 「良いか、ヤサ、お前はここでお留守番だ。くれぐれも問題は起こすなよ」 「えー、なんでですか。そんなにヤバいんですか、今回の案件」 「現代はタダでさえ『陰陽』が狂ってる。本来ならば妖たちの支配する夜の世界に人間が侵犯をするようになった。大都市は特にだ。夜になってもコンビニには煌々と明かりがついている。これじゃあ妖怪どもも怒るだろうさ」 タバコをスパスパやりながら、そんな事をブショウさんが言う。 「生霊だって本当はあそこまで力が強くない物の怪だ。何かが狂いだしてる。差し当たり自然への畏怖を忘れた人間に対する罰ってところか」 それだけ言うとブショウさんは「神社本庁」の仕事のために出ていってしまった。東京からなんか連絡あったらメモしとけ、とのことだった。 チェー、つまんないの。僕は畳に寝ころぶ。僕とブショウさんが泊まる一室には簡素 なテーブルとテレビがあるくらいだ。これで夜まで過ごせと言うのだから暇で仕方ない。 「ん……そうだ」 僕は実に悪魔的なアイデアを思いついてしまった。思わず辺りを見渡す。勿論、四方は襖で遮られていて誰もいない。よし。 僕はそっと足音を立てずにブショウさんのバッグに近づいた。ゴソゴソと手探りで探す。 「……あったッ!」 僕の手に握られていたのは「らめぇ~、見られちゃう、禁断若奥様NTR事件!」なる一品。う~ん、若奥様かぁ。あんまり僕の趣味ではないけれど、この際……。 「おい、童顔」 「うひゃぁあ@☆●※」 慌てて僕は一品を背中に隠した。 結果から言ってそれは正解だった。襖から顔を覗かせていたのは巫女さんもとい灯火ちゃんだったからだ。 「そこでコソコソなにやっているのだ」 「うわぁ、なんでもない。タンゴ踊ってただけ」 僕は背中にブツを隠しながら適当にタンゴを踊ってみた。あきらかに不審そうな顔をする灯火ちゃん。 「そ、それより何で灯火ちゃんがここに?」 「童顔、ちょっと付いてこい」 灯火ちゃんが声を潜めながら僕を手招きした。 奈良の道って鹿の糞だらけだな。灯火ちゃんあたりは「地雷避けゲームだ」なんて言って楽しんでいるけれど。 「で。灯火ちゃん、なんで僕を外に連れ出したんだい?」 しかも人目を忍びながら塀を越えて。 「家の中、退屈だからな」 「……ねぇ。もしかしてさ、家の人に外出の許可とった?」 ううん、と灯火ちゃんが首を振った。 「ちょ、ちょ、それヤバくない?」 「大丈夫、私は怒られるだけだ」 「僕。僕の方がやばいよね。万が一誘拐とか思われたら間違いなく逮捕だよね?」 さぁ? という風に灯火ちゃんは小首をかしげた。 「さぁ、じゃないよ。今からでも帰ろう、お家に」 「いや。弓とか神楽舞のお稽古ばっかりでめんどい。『おやくめ』とか知らないし。私いつも自由にお外で遊べないのだ」 巫女さんも中々大変なんだな。 「私一人じゃここの町歩けないし、お小遣いないし。だから私についてこい、童顔君」 「そ、そう言われてもなぁ~」 「連れてけ童貞」 「あれっ!?」 今この子、なんつった。空耳か、空耳だよね、そうだよね、そう信じよう。 小学生くらいの幼い子が、しかも巫女さんがそんな不浄な言葉を使うはずないじゃないか! 証明終了、QED、異論は認めん! 「うーん、仕方ないなぁ。じゃあ、ちょっとだけなら……」 「やった。ありがとう、ど・う・て・い・くん~」 「…………………………」 天真爛漫な笑顔とともに灯火ちゃん。どうていくんの意味分かって使ってるんだろうか? と童貞君は訝しんだ。 ゴホン。気を取り直して。 「と言ったって、僕だって高校生の身だからそんなにお金持ってないし」 「そこは、だいじょーぶ!」 ティロリン、ティロリン。 「う~ん。ハンバーガーうま~」 ファストフードに食らいついてご機嫌な灯火ちゃん。 うわぁ、安上がりだなこの子。スマイル五百円というのは、なかなかリーズナブルなお値段ではなかろうか。コーラで口をゆすぎながら、僕はそんなことを考えた。 「まいうー。童顔も一口食べるか? 食べるか?」 あーん、と言いながらこちらに食べかけのハンバーガーを持ってくる灯火ちゃん。僕は「あーん」とは言 「えへへ~、食べられると思った? 思った? 一口もあげないのだ」 こ、このぉ……。だめだ、完全に舐められている。 クっ、僕のプライドが許さん。高校生を舐めたらどうなるか、教えてやるぜ。 「あ、見て見て、灯火ちゃん。お外にUFОが飛んでるよ…………貰った――――ッ!」 獲物を狙うハヤブサの急降下の如く、素早くハンバーガーに手を伸ばして――。 「童顔君ってバカなの? バカだよな。童顔君の高校の偏差値ってどれくらい? 底辺? それともド底辺?」 灯火ちゃんにシラ~、という表情を作られた。 うわぁあああああああ、やめて、やめてくれぇええええ―――――。 そんな目で見られたら、俺は、俺は……。 興奮してしまうッ! (←変態発言) そう、ハッキリ公言しよう! 僕は妖怪と幼女をこよなく愛す極めて健全な男子高校生です。ロリコン? 愛さえあればロリコンだって関係ないよねッ。ロリコンは病気です? 不治の病だバカヤロー。今から僕はロリ巫女さん教の第一信者になる。 ローリィーローリィーロリロリローリィー(←某カルト教団のリズムで)。ロリ巫女さんは正義。JK? あれは年増 はぁー、はぁー、はぁー。閑話休題。 「うー、おいしかった。ごちそうさまでした」 パンと両手を合わせる灯火ちゃん。育ちの良さが伺えるけれども。 「灯火ちゃん、口の周り」 ハンバーガーのケチャップがついて人肉を美味しく頂いた後のゾンビみたいになっていた。 「ほれ」 目を閉じて、澄ました顔になる灯火ちゃん。 「えっと、姫、私めに何をしろと?」 ま、まさか、そのケチャップを僕に舐めろ、と? ドキドキドキドキ――。 「ふいて」 「ですよねー」 僕は黙ってペーパーナプキンで灯火ちゃんの口を拭った。 …………これはこれでなんとなく背徳感があるな。既に僕は終わっている気 ブショウはうーん、と唸っていた。辺り一面に酷い瘴気が広がっていた。 無名の社は鳥居、しめ縄、そしてあろうことか御神体の御影石まで破壊をされていた。 「こりゃあ、普通に器物損害とかに当たるんじゃないですか?」 「ええ。もう警察には届ています。しかし、御神体を壊されたのはここだけではないのです」 堂前院の声は、いつものように静かだが、どこはかとなく怒気が混じっているようだった。 奈良県は今年に入って、実に三十五もの大小の神社で、御神体が壊されるという事件 がおきていた。その三十五件、全てに共通しているところが一つだけあった。 「いや、しかしまさかねぇ……」 「ええ。二千年間、前例がない事態です。ですから我々としても、どう対応すれば良いか」 「……言い変えれば、二千年前には事例があった」 「神話、ですか。しかしあの文献がどれほどあてになるか。それにもし万が一……」 堂前院さまは柳眉にしわを寄せた。 「三輪神社やその他、主要な神社には警察から見回りをだしてくれるそうです」 「あんまり役にたつとは思えんですね。御影石を叩き割るなんて芸当、人間には出来ない」 ブショウはあごひげに手をやりながら言う。つまり、この案件には同業者が絡んでいる。なんともまあ怖い者知らずの同業者もいたものだ。 「式神や使い魔の類にやらせたのは明白。結界は三重に張っておくつもりですが」 それにしても、瘴気が酷すぎた。瘴気慣れしているはずのブショウでさえ気分が悪くなってくる。ものの試しにブショウは術を行使してみた。 「神の御息は我が息、我が息は神の御息なり。御息を以て吹けば瘴気は在らじ。残らじ、阿那清々し、阿那清々し」 そうしてフーっと、息を吹く。が……場の空気が変わることはなかった。 「……ブショウさん。息吹法は喫煙者がやっても意味はないですよ」 「あれー、おっかしいな。前やった時は効果あったんですけどねえ」 「息吹法は神道系の呪法です。うかつに術を盗めば痛い目にあいますよ」 ナッハッハ、仰る通り、と悪びれもなくブショウは謝った。しかし「庶民派」は他流派の技を盗んでナンボのところがある。なにしろ、そうやって平安時代から世を生き残ってきたのだから。 「ねえねえ、次はあれ乗ろう!」 灯火ちゃんが指定したのはメリーゴーランドだった。懐かしいなぁ……。そもそもデパートの屋上にある遊園地なんて、それこそ何年ぶりだろう。 「ほら、お金だして、童顔君!」 > 2 3 感想 |