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古太刀和也の怪異譚 生贄の巫女と優しい詐欺師
 『や~ん、そこはらめぇ、真冬の秘湯エロエロ混浴』というエロ本。それを僕の隣人が読んでいた。僕の隣の人物、ブショウさんはそれを読みながらたまに「うひょー」とか「ハラショー」とか奇声をあげる。
 それはまだ良い。問題は
「ブショウさん、今時東京から奈良に行くのに夜行バス? 修学旅行の時だって新幹線使ったよ」
「るせーよヤサ。ウチは貧乏なんだよ。我慢しろ」
 ブショウさんはぼうぼうに伸ばした髪の毛を掻きながら、かったるそうに答える。
「ねえ、ブショウさん。夜行バスは視えるから嫌なんだけど」
 崖から何度も飛び降りる人影、真っ暗闇の公衆便所からこちらを覗く目。
 そしてさしあたり大問題なのは。
「あそこの前の席に座っている女の人。二時間くらいずっと何か呟いているんですけど、ブショウさん」
「何、ツイッターしてんの。別に良いじゃん」
 そういう意味じゃねえ。
「からかわないでくださいよ。あれ、どう見ても――霊ですよね?」
 青白い頬、生気がない目、どことなく漂う死の香り。他の人は気づいていないらしい。
「地縛霊の類だな、ありゃ。バスを拠り所をしている。関わらないのが吉」
「……成仏させてあげないんですか?」
「俺ら『庶民派陰陽師』の源流は?」
「詐欺師、です」
 時は遡って平安時代。世には安倍晴明やら賀茂忠行といった陰陽界のスーパースターがいた黄金期。そのスーパースターたちは言わば「正規派」。だが、我らの大先輩方は「庶民派」と名乗って、普段は宮廷務めの「正規派」の陰陽師たちに変わって、貧しい農民や町民に対して怪異払い、妖怪退治を請け負っていた。
 けれどまあ、やってることは「正規派」陰陽師の猿まね、真似事。要は詐欺だ。現代で言う霊能力詐欺みたいな感じだ。
「天国に行かせるなんて高度な術式持ってねえよ。精々このバスごと爆弾で吹っ飛ばせばあの地縛霊も成仏すっかもな」
「テロリストですか。僕らが地獄に落ちますよ」
 僕と会話するのもめんどくさそうにブショウさんが手を振った。
「……ブショウさんがやらないなら、僕がやりますよ」
「お前、マジ? どうなっても知らねーよ。俺は何も手伝わねーから」
「だって、幽霊はみんな、悲しそうなんですよ。成仏しなくちゃ、苦しいだけなんでしょ」
 僕はブショウさんにそう言い残し、席を立った。
 僕は女の人のところまで歩く。成仏させる術式なんて、僕は知らないが、ちゃんと霊と向き合い、言葉をまじあえば成仏させられるはず。
「ショウジさんショウジさんショウジさんショウジさんショウジさんショウジさん……」
 長髪の女の人は誰かの名前をずっとぶつぶつと呟いていた。「ショウジさん」、どっかで聞いたような名前だった。
「あの、こんばんは」
 僕はカウンセラーさんを思い出す。人でも幽霊でも、信頼関係ラポールを築くにはまず、挨拶。
「ショウジさんショウジさんショウジさんショウジさんショウジさんショウジさん……」
 ガン無視。信頼関係築く気ゼロっぽい。だが、なんのこれしき。
「今日は良い日ですね。晴れてましたね」
 言ってから自分のアホに気付く。幽霊に日中のこと話してどうする。
「ショウジさんショウジさんショウジさんショウジさんショウジさんショウジさん……」
 案の定シカトされた。
「あ、えーとそのショウジさんって誰なんですか?」
 言ったとたん。
 女の人は呟きをやめて僕の方にグッと顔を向けた。思わず身を引いてしまうような鬼気迫るギっという顔。無表情、無言でガン見。怖い怖い怖い。
 落ち着け落ち着け。大丈夫、幽霊だって、元は人間。話せば分かる。
「ショウジさん? 男の方ですか? きっと素敵な方なんでしょうね」
 取りあえず褒めておけば、こちらの言うことも聞いてくれるだろう――。
「ハァアアアアアアアアアアアアァお前にショウジさんの何が分かるぅッ。殺すぞ。お前はショウジさんの何なんだッ。答えろ」
 甲高い悲鳴とともに女の人は万力を込めて僕の首を両手で絞めた。マズい。息が出来ない。
 周りの乗客は皆寝ていて、この異常事態には気付いていない。悲鳴をあげたくても首を絞められ声がでない。
 頼みの綱は僕の先輩、ブショウさん。が、ブショウさんは我関せずという態度でエロ本を読んでいた。ちっくしょう助けろコノヤロ、しね、地獄に落ちろ、人が首絞められてんのに何エロ本読んでんだ。
 そこで僕は気付く。
「お前、マジ? どうなっても知らねーよ。俺は何も手伝わねーから」
 冗談ではなく、本気だったのだ。ブショウさんは例え僕が死んでも動かない。
 薄っぺらい同情心や義侠心で霊に関わるな。軽はずみに霊と交じあえば、あの世行き。
 マズった。いきなりここまでになるとは思ってなかった。
「ショウジさんの何だ、お前は――――」
 なおもそう言い続けて僕の首を締め上げる女性。
 クッソ怪力。生前はプロレスラーかなんかか。ジョジョのスタープラチナとタイマンはって勝てるんじゃねーのレベルの馬鹿力だった。
 やばい、本気で死ぬ。成仏させるどころかこっちが成仏する。いや、成仏しないでブショウさんを祟り殺すか。マジ末代まで祟る。
 「死」。今まで遭った魑魅魍魎を思い出した。僕も死んだらああなるのかも。少なくとも詐欺師に属している時点で地獄行きは決定か。
 それは、嫌だなぁ。
「……ィ……リョー」
 僕は絞殺される直前の鶏みたいな声で言葉を吐いた。その瞬間ブショウさんがエロ本を投げ捨てた。
「臨兵闘者皆陣列在前」
 ブショウさんは右手の指を二本たたせる。二本の指が表すは「刀」、その「刀」にて空を九回斬る。早九字護身法は単純にして即効性がある術だった。
 女性の手が緩んだ。僕は咳込みながら、バスの床を蹴り、後ろに下がる。
「おい、ヤサ。『生霊いきりょう』ってどういうことだ!」
「人間に物理的に接触している時点で『生霊』でしょう。地縛霊とかアンタがテキトーぬかしてくれたおかげで死にかけたよッ!」
 ブショウさんが動いたのは自分に責任の一端があると思ったからだった。
「お前、首絞められてたんだな」
 ブショウさんは今気づいたらしい。
 生霊。生きた人間の思念が動かすもの。
 一言で言ってしまえば、本人が寝ている間に無自覚に幽体離脱したものだ。恨み、怒り、怨念――そして歪んだ恋慕。そういった感情が強すぎると人の「魂」の部分が抜け出し、くすぶった感情を元に霊となる。
「たっくよぉ、現代のストレス社会の弊害だな。おっと――」
 ブショウさんが飛びかかってきた生霊を最低限の動作で交わした。
「おい、ヤサ、本体を探せ。近くにいるはずだ」
 取りあえず、寝ていると思われる本体を起こせば、生霊は消える。
 僕はバスの車内を見渡した。この騒ぎに「なんだ、なんだ」とまなこをこすって起き始めた乗客が数名。
「お客様、どうされたんですか?」
 運転手もミラー越しに不審そうな目でこちらに問うてくる。――だが答える暇はない。
「長髪の女性がいない……?」
 車内で眠っている、いや半分覚醒しだした状態の女性の中にも長髪は見当たらなかった。
 生霊はその間にもブショウさんへと飛びかかる。
「ぐぉおおお」
 ブショウさんが生霊を避け損ねたらしい。ブショウさんは左手をガップリと生霊に噛みつかれて、黒い血が滴っていた。それを見た客が悲鳴をあげた。
「ブショウさん、本体はバスの外かも――」
 だとしたら、マズい。この生霊を封じる手立てを僕は持っていない。一瞬、竹刀ケースに僕は目をやった。あのケースに入っている刀を使えば――。
「あれは、やめとけ! 本体は必ずバスの中にいる」
 生霊の頭を右手で掴みながらブショウさんが言う。車内は騒然となっていた。バスは急停止。この状況を霊感が無い一般人にどう伝える!? いや、その前にこのままでは、一般人にも生霊が躍り掛かるかも。
 そうだ。
 僕は大きく息を吸い込む。そして――
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉおお―――――――!」
 目いっぱいに叫んだ。そう、いちいち、本体など探さなくても良いのだ。全員、まとめて起こしてしまえば良い。
 だが。
「ちっくしょぉおお、ヤサ早くしろぉおおお、グハァッ」
 生霊はブショウさんにそのまま噛みつきながら、僕にもしたように、両手で首を絞めつけ始めた。
 一般人もただならぬ気配を感じ取ったらしい。我先にとバスの車外へと降り始めた。
 バスの中で、未だに眠っているのは三人。皆、ヘッドホンや耳栓をしていて、この騒ぎに気付かず眠りこけている。
 一人はビジネススーツ姿の三十代男性。後の二人は旅行服姿のおばさん二人。
 男性は除外するとして、この女性二人のうち、どっちだ――。
「ぃ……オィ」
 ブショウさんが必死の表情で何かを僕に言って――僕は駆け出す。
 ――そして、スーツ姿の男性を殴り飛ばした。
 生霊が消えてブショウさんが一言。
「あーあ、エロ本が血まみれでもう読めねぇ……」

「ニオイ」
 ブショウさんは僕にそう言ったのだ。生霊は本体と同じ匂いがする。基礎中の基礎の知識。   
 落ち着いて良く、その場の空気を吸ってみれば、男性から色濃く生霊の匂いがした。
 つまりはそういうことだ。
「あの男性は自分自身の事を女性だと認識していた、ということですか」
「そういうことだろうなぁ。それで、生霊は長髪の女性として具現化されたわけだ。男が男を好いてちまったわけだから、本人としても色々と悩んだんだろう」
 後で思い出したが、「ショウジさん」とはこのバスの運転手さんの名前だった。
 僕とブショウさんは警察に御厄介になる前に逃げ出すことにした。と、その前に僕は殴られ伸びてしまっている男性の胸ポケットにカードを入れた。心療内科の案内がのっているものだ。
 この男性もきっと苦しんでるのだろう。
「カウンセラーさんに話すとマジすっきりしますから」
 そう、僕はそっと言い残し、ブショウさんと共に夜を駆けた。

「うへえー、この歳で真夜中フルマラソンはきついぜ」
「ブショウさんだってまだ三十後半でしょうが」
 とはいえ、現役男子高校生の僕にだって十分辛かった。体のふしぶしが火照って痛い。まるで厄病神に憑かれた気分悪いけど実体験だ
 ご来光は山々の間から望むことになった。陽光の方向に進んで行くと、奈良全体が一望できた。
「おぉおー」
 取りあえず、奈良にはついたわけだ。
「ったくよぉ。ここは古代の血と陰が染みついてやがる。ほら、ヤマタノオロチ様がこっち睨んでおられるぜ」
 ブショウさんがタバコの紫煙をくゆらせながら、のんびりと良く分からないことを言う。
「ヤマタノオロチ様? 日本神話の『八岐大蛇』?」
 僕は目を凝らして、奈良全体を眺めるが、勿論、どこにもそんな影は見当たらない。平城京跡とかの名所やお寺、住宅街、商店街、後は奈良を取り囲む山々くらいだ。
「勉強が足りねえな。すぐそこにいらっしゃるのに」
 ブショウさんが笑う。なんかの冗談か? 陰陽師の業界ジョーク? 分かるか。
「おやおや、これは指名手配どの。こんなところにいらっしゃったか」
 石段の方から声がかかった。四十代の女性だった。着物を着たかなりの美人さんだった。風流で上品な感じ。そしてその背後には二人の男性がこの女性を護衛するように付き従っている。
「おおっとこれは……ええと誰だっけ……」
堂前院どうぜんいんさまですよッ」
 僕は慌てて、ブショウさんに耳打ち。新参者の僕でも知っている超大物の調伏士だ。
「ああ、そうだった、そうだった。少年院さま、じゃない堂前院さまだ」
「貴様ぁッ、堂前院さまを愚弄するかッ!」「このペテン師どもめが」
 付き人二人が容赦のない罵倒を飛ばしてきた。
「やめい。こちらの方々は『神社本庁』からのお客様です、礼儀を持って接しなさい」
「は、はぁ」「堂前院さまがそう仰るなら……」
 静かながらも鋭い一括を男性二人にした堂前院さまは、しかし優し気な微笑みをして
「ご無礼いたしました。私の名前は堂前院篝火どうぜんいん かがりび。奈良寺社同盟の会長なんてやってます」
「いえいえ。無礼なんて気にしてませんゼ。これくらいの罵倒は慣れてますので」
 元はと言えば、アンタが悪いんだろう。
「『神社本庁』東京本部から代理としてよこされた、庶民派夜行流陰陽師、ブショウです」
 お互いに名刺交換。ここら辺は普通のビジネスマンと変わらない。
「ま、立ち話もなんですので、我が神社、堂前院社にでも、どうぞ」

 そういえば、大事なことを忘れていた。
「僕ら指名手配って本当なんですか?」
「おう、喜べよ。念願のテレビデビューだぜ!」
 最悪のデビューの仕方じゃねえか! 空港とか行っても貰えるのはファンからの熱い声援じゃなくて警察からの冷たい手錠だ。
 通されたのは、社務所というよりお屋敷というに相応しいところの和室だった。縁側からは立派な庭園――鯉が泳ぐ池から、石灯籠まで――が覗く。
「まあ大丈夫でしょう。県警の方へ私から一報入れておきますから」
 お茶と菓子を勧めながら、堂前院さまがとんでもないことをサラリと言う。まさか、この人、警察にまで発言力があるのか。
「まあ、しばしごゆるりと。着替えの方もこちらで用意させますので」
 僕は自分の服装をチラと見やる。昨日のフルマラソンで木々の枝に引っかかったり、転んだせいでボロボロだった。
「いや、何から何までスンマセン。……饅頭うめぇ」
 茶菓子を頬張りながらブショウさんが言う。全くもうこの人は。
「では、ボチボチ、仕事のお話を進めましょう……」
 堂前院さまがそう言いかけた時だった。
「お母さまッーーーー」
 トントントン、と渡り廊下から足音。見れば白小袖に緋袴の巫女服姿の幼い女の子だった。
 端的に言おう。可愛いロリ巫女さんだ心のなかで叫ぶ
「見て見てお母さま。破魔矢を全部、的に当てられたよッ」
 堂前院さまの元に、その巫女さんは駆け寄っていった。その表情は嬉々としていた。
「灯火。お客様の前です」
 堂前院さまが静かながらに有無を言わせない声で巫女さんを戒める。
「えー、でも」
「でも、ではないですね。お客様に挨拶しなさい」
「はーい……」
 巫女さんは不満げな表情ながらもこちらに向いた。
「初めまして、堂前院灯火どうぜんいん ともしびと申します。堂前院社の『おやくめ』を全うすべく巫女をしている者です」
 ペコリ、と頭を下げた。
「えーと、これはどうもどうも。ええっと……」
 ブショウさんが困ったように僕の方を見た。どう返せば良いか分からないらしい。大人のアンタの方がダメじゃねーか。
「おい、ヤサ。お前も挨拶しろ」
 結局、僕に振りやがった。もう、しょうがないな、この人は。
「灯火ちゃん、ちゃんと挨拶できて偉いね。僕は東京から来たヤサって言います。よろしくね」
 どや、僕のこのパーフェクト神対応。それに対し、灯火ちゃんはボソっと呟いた。
「ジャニーズ顔じゃない、童顔」
 んだ、このガキィイイ。童顔気にしているんだよ、僕。高校生になったのにひげ生えないし。
「コラっ」
 堂前院さまから叱責がとんだ。
「灯火、あなたには失望しました。私の前から失せなさい、今すぐに」
 燈火ちゃんはむっつりした顔でもう一度ペコリと頭を下げると、来た時と同じように廊下を駆けて行った。
「なにも、まあ、そこまで……」
「ウチの不束な娘がご無礼いたしました。出来の悪い娘でして、何卒、ご容赦を」
 堂前院さまに頭を下げられて、僕は慌ててしまった。
「いえ、あの、そんな。全然気にしてませんのでウソ、本当はめっちゃ気にしているどうぞ頭をお上げください。とても可愛らしい娘さんじゃないですか」
 途中、本音が出てしまいそうで、あやうく言葉を飲み込む。
 そう言って頂けると助かります、と堂前院さまは微笑んだ。

「良いか、ヤサ、お前はここでお留守番だ。くれぐれも問題は起こすなよ」
「えー、なんでですか。そんなにヤバいんですか、今回の案件」
「現代はタダでさえ『陰陽』が狂ってる。本来ならば妖たちの支配する夜の世界に人間が侵犯をするようになった。大都市は特にだ。夜になってもコンビニには煌々と明かりがついている。これじゃあ妖怪どもも怒るだろうさ」
 タバコをスパスパやりながら、そんな事をブショウさんが言う。
「生霊だって本当はあそこまで力が強くない物の怪だ。何かが狂いだしてる。差し当たり自然への畏怖を忘れた人間に対する罰ってところか」
 それだけ言うとブショウさんは「神社本庁」の仕事のために出ていってしまった。東京からなんか連絡あったらメモしとけ、とのことだった。
 チェー、つまんないの。僕は畳に寝ころぶ。僕とブショウさんが泊まる一室には簡素
 なテーブルとテレビがあるくらいだ。これで夜まで過ごせと言うのだから暇で仕方ない。
「ん……そうだ」
 僕は実に悪魔的なアイデアを思いついてしまった。思わず辺りを見渡す。勿論、四方は襖で遮られていて誰もいない。よし。
 僕はそっと足音を立てずにブショウさんのバッグに近づいた。ゴソゴソと手探りで探す。
「……あったッ!」
 僕の手に握られていたのは「らめぇ~、見られちゃう、禁断若奥様NTR事件!」なる一品。う~ん、若奥様かぁ。あんまり僕の趣味ではないけれど、この際……。
「おい、童顔」
「うひゃぁあ@☆●※」
 慌てて僕は一品を背中に隠した。
 結果から言ってそれは正解だった。襖から顔を覗かせていたのは巫女さんもとい灯火ちゃんだったからだ。
「そこでコソコソなにやっているのだ」
「うわぁ、なんでもない。タンゴ踊ってただけ」
 僕は背中にブツを隠しながら適当にタンゴを踊ってみた。あきらかに不審そうな顔をする灯火ちゃん。
「そ、それより何で灯火ちゃんがここに?」
「童顔、ちょっと付いてこい」
 灯火ちゃんが声を潜めながら僕を手招きした。

 奈良の道って鹿の糞だらけだな。灯火ちゃんあたりは「地雷避けゲームだ」なんて言って楽しんでいるけれど。
「で。灯火ちゃん、なんで僕を外に連れ出したんだい?」
 しかも人目を忍びながら塀を越えて。
「家の中、退屈だからな」
「……ねぇ。もしかしてさ、家の人に外出の許可とった?」
 ううん、と灯火ちゃんが首を振った。
「ちょ、ちょ、それヤバくない?」
「大丈夫、私は怒られるだけだ」
「僕。僕の方がやばいよね。万が一誘拐とか思われたら間違いなく逮捕だよね?」
 さぁ? という風に灯火ちゃんは小首をかしげた。
「さぁ、じゃないよ。今からでも帰ろう、お家に」
「いや。弓とか神楽舞のお稽古ばっかりでめんどい。『おやくめ』とか知らないし。私いつも自由にお外で遊べないのだ」
 巫女さんも中々大変なんだな。
「私一人じゃここの町歩けないし、お小遣いないし。だから私についてこい、童顔君」
「そ、そう言われてもなぁ~」
「連れてけ童貞」
「あれっ!?」
 今この子、なんつった。空耳か、空耳だよね、そうだよね、そう信じよう。
 小学生くらいの幼い子が、しかも巫女さんがそんな不浄な言葉を使うはずないじゃないか! 証明終了、QED、異論は認めん! 
「うーん、仕方ないなぁ。じゃあ、ちょっとだけなら……」
「やった。ありがとう、ど・う・て・い・くん~」
「…………………………」
 天真爛漫な笑顔とともに灯火ちゃん。どうていくんの意味分かって使ってるんだろうか? と童貞君は訝しんだ。
 ゴホン。気を取り直して。
「と言ったって、僕だって高校生の身だからそんなにお金持ってないし」
「そこは、だいじょーぶ!」

 ティロリン、ティロリン。
「う~ん。ハンバーガーうま~」
 ファストフードに食らいついてご機嫌な灯火ちゃん。
 うわぁ、安上がりだなこの子。スマイル五百円というのは、なかなかリーズナブルなお値段ではなかろうか。コーラで口をゆすぎながら、僕はそんなことを考えた。
「まいうー。童顔も一口食べるか? 食べるか?」
 あーん、と言いながらこちらに食べかけのハンバーガーを持ってくる灯火ちゃん。僕は「あーん」とは言わずに気恥ずかしいハンバーガーに口を寄せると、ヒョイっと灯火ちゃんは自分の口に戻してしまった。
「えへへ~、食べられると思った? 思った? 一口もあげないのだ」
 こ、このぉ……。だめだ、完全に舐められている。
 クっ、僕のプライドが許さん。高校生を舐めたらどうなるか、教えてやるぜ。
「あ、見て見て、灯火ちゃん。お外にUFОが飛んでるよ…………貰った――――ッ!」
 獲物を狙うハヤブサの急降下の如く、素早くハンバーガーに手を伸ばして――。
「童顔君ってバカなの? バカだよな。童顔君の高校の偏差値ってどれくらい? 底辺? それともド底辺?」
 灯火ちゃんにシラ~、という表情を作られた。
 うわぁあああああああ、やめて、やめてくれぇええええ―――――。
 そんな目で見られたら、俺は、俺は……。
 興奮してしまうッ! (←変態発言)
 そう、ハッキリ公言しよう! 僕は妖怪と幼女をこよなく愛す極めて健全な男子高校生です。ロリコン? 愛さえあればロリコンだって関係ないよねッ。ロリコンは病気です? 不治の病だバカヤロー。今から僕はロリ巫女さん教の第一信者になる。
 ローリィーローリィーロリロリローリィー(←某カルト教団のリズムで)。ロリ巫女さんは正義。JK? あれは年増だなウソですごめんなさい、JKも大好きですロリは永遠に不滅です! 
  はぁー、はぁー、はぁー。閑話休題。
「うー、おいしかった。ごちそうさまでした」
 パンと両手を合わせる灯火ちゃん。育ちの良さが伺えるけれども。
「灯火ちゃん、口の周り」
 ハンバーガーのケチャップがついて人肉を美味しく頂いた後のゾンビみたいになっていた。
「ほれ」
 目を閉じて、澄ました顔になる灯火ちゃん。
「えっと、姫、私めに何をしろと?」
 ま、まさか、そのケチャップを僕に舐めろ、と? ドキドキドキドキ――。
「ふいて」
「ですよねー」
 僕は黙ってペーパーナプキンで灯火ちゃんの口を拭った。
 …………これはこれでなんとなく背徳感があるな。既に僕は終わっている気がした気じゃねーよ

 ブショウはうーん、と唸っていた。辺り一面に酷い瘴気が広がっていた。
 無名の社は鳥居、しめ縄、そしてあろうことか御神体の御影石まで破壊をされていた。
「こりゃあ、普通に器物損害とかに当たるんじゃないですか?」
「ええ。もう警察には届ています。しかし、御神体を壊されたのはここだけではないのです」
 堂前院の声は、いつものように静かだが、どこはかとなく怒気が混じっているようだった。
 奈良県は今年に入って、実に三十五もの大小の神社で、御神体が壊されるという事件
 がおきていた。その三十五件、全てに共通しているところが一つだけあった。
「いや、しかしまさかねぇ……」
「ええ。二千年間、前例がない事態です。ですから我々としても、どう対応すれば良いか」
「……言い変えれば、二千年前には事例があった」
「神話、ですか。しかしあの文献がどれほどあてになるか。それにもし万が一……」
 堂前院さまは柳眉にしわを寄せた。
「三輪神社やその他、主要な神社には警察から見回りをだしてくれるそうです」
「あんまり役にたつとは思えんですね。御影石を叩き割るなんて芸当、人間には出来ない」
 ブショウはあごひげに手をやりながら言う。つまり、この案件には同業者が絡んでいる。なんともまあ怖い者知らずの同業者もいたものだ。
「式神や使い魔の類にやらせたのは明白。結界は三重に張っておくつもりですが」
 それにしても、瘴気が酷すぎた。瘴気慣れしているはずのブショウでさえ気分が悪くなってくる。ものの試しにブショウは術を行使してみた。
「神の御息は我が息、我が息は神の御息なり。御息を以て吹けば瘴気は在らじ。残らじ、阿那清々し、阿那清々し」
 そうしてフーっと、息を吹く。が……場の空気が変わることはなかった。
「……ブショウさん。息吹法は喫煙者がやっても意味はないですよ」
「あれー、おっかしいな。前やった時は効果あったんですけどねえ」
「息吹法は神道系の呪法です。うかつに術を盗めば痛い目にあいますよ」
 ナッハッハ、仰る通り、と悪びれもなくブショウは謝った。しかし「庶民派」は他流派の技を盗んでナンボのところがある。なにしろ、そうやって平安時代から世を生き残ってきたのだから。

「ねえねえ、次はあれ乗ろう!」
 灯火ちゃんが指定したのはメリーゴーランドだった。懐かしいなぁ……。そもそもデパートの屋上にある遊園地なんて、それこそ何年ぶりだろう。
「ほら、お金だして、童顔君!」
 灯火ちゃんは実に楽しそうに僕に金を奢らせた。
 簡素なジェットコースター、コーヒーカップ、観覧車に次々と乗り変える。移動時間とファストフードも含めて、かれこれ三時間ほどはたっただろうか。
 終始ハイテンションでさすがに疲れがでてきたのか、灯火ちゃんが「休みたい」と言いだした。同じデパートのフードコートに立ち寄ることにした。
 ズルズル~、とストロベリーシェイクを啜りながら無論、僕の代金で灯火ちゃんはご満悦な表情だった。灯火ちゃんはプラスチックの椅子に腰かけ、足をブラブラさせていた。
「今日は楽しかったぞ。ありがとう、童貞君」
「感謝の念を示すなら、まず僕の名前から改めようか」
 すると何を思ったか、灯火ちゃんは椅子から立ち上がり、僕の方に歩み寄ってきた。そして僕の背後から背伸びするように僕の耳元に顔を近づけた。
「今日はありがとう、お兄ちゃん♪」
 うわぁああああああああ。こ、こいつ適格に僕のピンポイントを……! 僕が霊なら成仏してる、昇天してる。当の灯火ちゃんは小悪魔っぽい微笑を浮かべて「どしたのー? ヤサお兄ちゃん、顔真っ赤だな?」なんて言っている。
「こ、高校生を舐めるねよ……」
「んー、何か言った、ご主人様ぁ~」
 くわぁあああああああ。僕のチンケなプライドがガラガラと音を立てて崩壊していった。今なら裸になってサンバ踊ってやるぜ。
 灯火ちゃんはおかしそうに笑いながら「ご主人様ぁ~、ご主人様ぁ~」と甘えた声で連呼した。感・無・量。死んでも良い。
 ザワザワザワ。ん? あれ。なんかあたりが騒がしいぞ。なんか事件かな? と思ったと
 ころで今の状況に気付く。
 灯火ちゃんは巫女服のまま、そして幼女に「ご主人様」連呼されてニヤつく男子高生。
「君、ちょっと良いかな?」
 肩をトントンと叩かれた。猛烈ないやな予感。そこにはスマイリーなポリスメーン。目は笑ってないケド。
「署までご同行願おうか」
「待って待って待って待って、違うんです誤解です、灯火ちゃん何か言って? 僕を助けて」
「ご主人様、どうしたの? あんなことやマックこんなことメリーゴーランドするのっていけないことだったの?」
「タイホ――――!」
「いやぁあああああああああ」
 
 解放されるまで三時間かかった。結果として堂前院さまのお力でどうにかしてもらった。
「まぁ、良かったんじゃねーの。デート楽しめたわけだろう?」
 ブショウさんは浴衣で僕を出迎えた。社務所でくつろぎすぎだ。
「良いわけないじゃないですか。社会的に抹殺されるか灯火ちゃんのご両親に呪殺されるとこだったんですよ」
 はぁ……と僕はため息をつきながら浴衣に着替える。それにしても、この社務所、旅館みたいに至れり尽くせりだな……。
「そういえば、仕事の方はどうなったんですか?」
「そのことなんだが……明日には東京に帰るぞ」
「ええっ、何でですか。そんないきなり」
 予定では二週間ほど、ここ奈良に滞在するはずだった。
「この案件がやべぇからだ。約千年周期で怪異は跋扈するのは知っているだろう?」
 僕は黙って頷く。二千年以上前の古の時代、そして千年前の平安時代。古の時代は神や英雄が、平安時代は陰陽師がそれらを調伏、退治した。
「今の年代は丁度、外れくじっちゅーわけだ。強すぎる『陽』に均衡を持たせるために『陰』の動きが活発化している。古の時代の中心地である奈良だったらそれは尚更だ」
「でも、いきなり仕事ほっぽらかして帰ったら『神社本庁』にどう言い訳するんですか。下手したら給料貰えませんよ」
「どうも臭い。『神社本庁』はどうして俺らみたいな詐欺師を雇って奈良によこした? まるでこれから奈良に大きな事件が起きる事が分かってるようじゃねーか」
 ブショウさんは不機嫌そうな顔でタバコをもみ消す。
「おい、ヤサ、お前、『刀』の手入れちゃんとしとけよ。どうにもキナ臭ぇからよ」
 僕は竹刀ケースに入っている「刀」に目をやった。俗に「妖刀」と呼ばれるものだ。俗称「沖つ白波」。室町時代中期、天城の国、火英で作られたもので刃長約一メートル、反り約一・三センチ、刃文は流麗に波打つ「湾れ」。
 陰陽師の真似事をしていた我らの平安時代のОBは極めて、まれに「気の迷いとかではない、本気でヤバめの魑魅魍魎」を相手取らなければいけないことがあったらしい。
 平安時代に猛威をふるった鬼だとかだ。そんな奴に祟り殺されたらたまらない、というわけで正規派の陰陽師が作った業物の刀を盗んできたとか。我らがОBは霊能詐欺師の上に盗人だった。マジ、リスペクトっすわ~。
 ただその「沖つ白波」の効果は絶大らしい。この刀で鬼や物の怪を斬れば、即座にそいつを刀の中に吸収・封印するとか。うさんくせえ、とは思うもののブショウさん曰く、庶民派陰陽師はこの刀で今までに何百もの怪異を封印したそうな。
「でもこれ、『神社本庁』から抜刀の許可を申請しないといけないんでしょ?」
 妖刀は時として妖怪そのものより危険だ。というか「沖つ白波」は精神安定剤を何錠も飲んでおかなければ抜けない……らしいブショウさんの受け売り
「まあなー。けど、命に関わる状況なら一々、本庁の方に連絡なんて回してられねーし。ま、念のための保険だ、保険」
 これはまた珍しい。
「ブショウさんが保険なんて言うの聞いたの久々ですよ。いつもは『大丈夫、大丈夫、なんとかなるって~』とかいって超楽観的なのに」
 いよいよもって不安になってきた。
「俺さぁ占いで、大凶が出ちゃったんだよなぁ。神経質にもなるぜ」
「へえ。ブショウさんて占いできたんですか」
 これは意外だ。
「もしかして易占ですか? 正規派の陰陽師がやるっていうやつ。それとも相地?」
「お天気お姉さんの朝の占いだ。ラッキーアイテムは『お子様ランチについてる旗』」
「………………」
「さ、今日はもう寝るぞ。明日はお子様ランチ食ったら帰るからな」
 そう言うとブショウさんは押入れから布団を取り出して、とっとと寝てしまった。

「グォーーーーガ……ゴォ――――クゥア」
 うるせえ。ブショウさんのいびきで寝付けん。ここは神社の中、というだけあって、かなり静かな分、ブショウさんのいびきが部屋中に響き渡った。僕は舌打ちをしてスマホを確認。
 二時半。丁度、丑三つ時というやつだ。出るパターンだよね、これ。
 幽霊といびきのうるささを天秤にかける。
 ……僕は黙って自分の布団を廊下に敷いた。
 僕たちが泊まっているのは社務所の離れになっているところで、渡り廊下で社務所本館と繋がっていた。
 ガラス障子からふと、本館の方を覗く。
 ――誰かいた。クマさん柄の上下パジャマに黒いしっとりとした長髪。勿論こんな可愛い幽霊などいない。灯火ちゃんだ。灯火ちゃんは玄関で何やらモジモジ外を伺ったり中に戻ったりを繰り返していた。どうしたんだろう? 
 僕はそっと布団を抜けだした。

「おっす、灯火ちゃん」
「うひゃぁあ」
 灯火ちゃんが飛び上がった。
「な、なんだご主人様かぁ~」
「『ご主人様』はもう本気で勘弁してください」
 警察の取り調恫喝で本当に疲弊した僕だった。
「で、こんな真夜中にどうしたの、灯火ちゃん?」
 と、灯火ちゃんは何やら顔を赤くして、下を向いた。お昼の小悪魔な感じとはかけ離れてモジモジ。
「お……おし……じゃない……お、……おトイレ、行きたい」
 ああ、そういうことか、と僕は納得した。この立派な社務所にはどういうわけかトイレが備わっておらず、用を足すには神社の方の公衆便所にまで足を伸ばさなくてはいけない。だが境内の中だけあって街灯は無く真っ暗な道だった。
 ……「公衆便所」にエロさを感じてしまった人は心が汚れているに違いない。僕だ。
「じゃあ一緒に行こうか灯火ちゃん。僕も丁度、おしっこしたかったし」
「うん……」
 微妙に恥ずかしそうな返事を灯火ちゃんはした。二人で手を繋いで暗闇に覆われた石畳を黙って歩く。夜は人間の世界じゃない。無言でたたずむ黒い森を見ていると、それが分かったような気がした。
 トイレ前に到着。
「良い? お兄ちゃん、先に帰っちゃダメだからね! 絶対だからね! 絶対待っててね!」
 ダチョウ倶楽部もかくやという感じで灯火ちゃんに全力で釘をさされた。これを振りだと解釈して先に帰ったら灯火ちゃんに弓で射られそうなので、用を足してから素直に待つ。
 オレンシ色の照明に照らされたトイレのもとで、僕は暗い壁のようにそびえ立つ奈良の山々を伺った。山は霊的な場、死者の地。「姥捨て山」なんてあるように、山は恵みの土地であると同時に畏怖の対象でもあった。

 帰り道。
「ねえ、灯火ちゃん。夜、トイレいつもどうしているの?」
 別に他意はないよ。
「いつもはママ……お母さまについてきてもらってる」
「いつもは?」
「今日は、怒られたからな……」
 ああ、そうか。僕が警察に連行されたことによって、この家を抜けだしたことがバレてしまったのか。
「童貞……その、あの」
 灯火ちゃんが視線を僕から外しながら言いにくそうに口にした。
「ごめんなさい」
 ガバっと頭を下げる。
「私のワガママで、お巡りさんにまで連れてかれちゃって……」
 僕は灯火ちゃんに頭をわしわしっと撫でる。
「良いよ、別に。詐欺師みたいなモンだから警察には慣れてるし。僕は大丈夫」
「本当? 怒ってない?」
「うん。それより灯火ちゃんこそ大丈夫だった?」
「お母さまからぶたれた」
「そっか……」
 ちょっとだけ僕は罪悪感を抱く。塀を越えるまえに灯火ちゃんを引き留めるべきだったかな。
「……童貞君、だっこ」
「え」
 急に灯火ちゃんが石畳にしゃがみこんだ。
「疲れた。眠い」
「えー」
 灯火ちゃんは両手を僕の方に突き出して「抱っこして」のポーズ。
「童顔君、早く。もう動けない」
 仕方がない。僕はそっと灯火ちゃんを抱きあげた。……消えよ煩悩、失せよ邪心。灯火ちゃん柔らけえとか良い匂いするとか考えない考えない。
 そのまま僕は社務所までの道を歩く。
「本当はね、私、ママに認められたいの」
 灯火ちゃんが僕の耳元でささやいた。僕は黙って話を聞くことにする。
「弓の稽古も神楽舞もこの神社の巫女の『おやくめ』を果たすのにとても大切なんだって。でも、いくら頑張ってもママは私の事褒めてくれない。『もっと励みなさい』って言うばっかり」
 灯火ちゃんの声は弱々しい。
「……お母さんの気を引くために、今日僕を連れ出したの?」
「巫女修行が嫌になったのも本当。ママ、一度も私の頭なでなでしてくれたことないし。……でも本当に今日は楽しかったよ」
「そっか、なら良かった。……灯火ちゃんのお母さんは厳しい人かもしれないけど冷たい人じゃないよ」
「どうして?」
「冷たい人なら灯火ちゃんを叱ったりぶったりしない」
「そうかなぁ? ……お兄ちゃんのママ、どんな人?」
 ふと気になったように灯火ちゃんが僕に言う。
「僕のお母さんはカウンセラー、っていうね人の悩みを聞くのが仕事の人だった」
 だった。
「でも僕を守ろうとして死んじゃった」
 患者の一人が狐に憑かれたのが原因で精神に異変をきたした人だった。
 勿論、狐に憑かれたことが原因なんて母は知らなかったろうが。精神を狐に乗っ取られた患者は僕の「生」を吸い取ろうと絞殺しようとした。当時、保育園に入れず、母の仕事場で僕は遊んでいたのだ。
 僕は何事か分からなくなり――気づいたら母は狐にとり殺されてしまった。
 少しだけ、僕の声は湿っぽくなってしまう。それを灯火ちゃんは敏感に察知したらしい。
 僕の髪を撫でてくれる。
「お兄ちゃん、良い子、良い子」
「………………」
「良いこと思いついた。私がお兄ちゃんのお母さんの代わりになってあげる」
 不覚にも僕は泣きだしてしまいそうになった。
「私のね、本当の名前は『灯火』じゃないんだ。『ゆかり』。堂前院縁」
「!」
 僕は本気で驚いた。呪術を使える人は決して自分の本名、真名まなを明かさない。呪殺される危険性がグっと増すからだ。だから庶民派でも「ヤサ」とか「ブショウ」とか符丁、コードネームで呼び合う。
 真名を明かすのは通常、本当に親しい人のみだ。家族とか、親友とか――婚約者とか。
 僕も決意した。灯火ちゃん、いや、縁ちゃんへの信頼の証として。
「僕の真名は古太刀和也こだちかずや。改めてよろしくね、縁ちゃん」
「古太刀、古太刀くん。古太刀お兄ちゃん……」
 僕の真名を何度も縁ちゃんは唱える。その声は段々と小さくなっていく。
 寝入ってしまったらしい。僕は思わず微笑んだ。可愛らしい小さな母君を持ったもんだ。
 おやすみなさい、縁ちゃん。
 
 ごぉおおおお、と戸口を狂風が揺らす。まるで怪物が唸っているようだと僕は思った。
「キャァアア――――」「おい、市民の誘導が最優先だッ!」「京都に連絡回せッ。増援いねぇと死ぬぞ」
「おい、ヤサ、起きろ。やべえぞ!」
 僕はブショウさんに揺り起こされた。何が何だか分からない。外を見るとまだ夜が明ける前。東雲だった。
「どうしたんですか、ブショウさん。異様に騒がしいんですけど」
「話は後だ。四十秒で支度しろ。逃げるぞ」
 僕はワケが分からぬまま支度をする。時々、悲鳴や怒声が聞こえる。ブショウさんは蒼い顔をしながら一足先に外に出た。僕もブショウさんの後に続いて――目を見開いた。

 ヤマタノオロチ様がこっち睨んでおられるぜ。八岐大蛇はすぐ傍にいる。けど見えない。

 その理由が今、分かった。
 八岐大蛇は奈良の三輪山、そのものだったからだ。
 三輪神社。
 そうだ、どこかで聞いたのを思い出す。古代の人間は三輪山そのものを八岐大蛇とみなした。だから三輪神社では三輪山自体が御神体。
 そして三輪山そのものが何故、八岐大蛇なのかといえば、八岐大蛇は土砂崩れや洪水といった自然への畏怖の象徴だから。
 だが、それはあくまでも一つの学芸、民族的な話でしかなかった。
 数十キロほど先に高層ビル並の高さと、山脈並の幅を持つ化け物がいた。一本の巨大な胴体から八本の首がそれぞれ絡み合い、目はほおずきのように赤く、背には杉や檜がびっしりと生えている。それがとぐろを巻いて佇む。三輪山の麓の建物は巨体に押しつぶされ瓦礫の山だ。
 八本の首の吐息、一つ一つが突風となって地を震わす。
 日本神話史上、最大級の化け物を今、僕は見つめていた。
 僕は竹刀ケースを握りしめた。信じられない。
「どうなってるんですか!? 神話の伝承でしかこいつは――」
「『八岐大蛇を祀る神社の御神体を破壊する事件を調べ、阻止する』、これが俺らの仕事だったがものの見事に失敗したわけだ。昨日、ついに総本山がやられた」
 ブショウさんが吐き捨てた。
 総本山? 三輪山、自体が壊された? 
「自分たちにとって悪しきものを祀ることで自分たちを守護してもらう。これが日本人の考え方だ。だが祀らずにその御神体を壊したら? 古代種が現代に生き返るタイミングとしては今はベストだ。陰陽が狂っているし、千年周期だからな。千年前は鬼と土蜘蛛だった。しかし今回はまさかラスボス級が生き返るなんて聞いてねぇ」
 それでこの騒ぎ。霊感がない一般の人間だってこの規模のでかさなら間違いなく気付くだろう。
「ブショウさん、でもこのまま逃げ出して良いんですか?」
「バカヤロー。死んだら元も子もねえ」
 おおおおぉおおおお、という烈風が社務所を襲った。社務所の瓦屋根が吹き飛ぶ。僕は足を取られて転んでしまう。
「きゃぁあああ」「おい、本殿の方へ早く逃げろ」「瘴気の濃度が上がってます!」「ガスマスクあんだろ! あれ配布しろ」
「静まれ――――」
 混乱の極致にあった社務所に鋭い一声が飛んだ。凛とした巫女服のいでたち、手には破魔弓。
「ど、堂前院さま……!」
「現在の瘴気濃度は?」
「33パーセント、危険な域です」
「致死濃度はおおよそ70パーセントほどだったな……。残り三時間ほどか」
 堂前院さまが腕時計をチラリと見やった。
「三輪山付近の市民の避難を最優先に。理由は土砂崩れでも火山噴火でもなんでも良い。各寺社に護摩壇、祈祷の用意をする旨を通達。県警、消防にも協力を仰ぎなさい」
「しかし堂前院さま、八岐大蛇を三時間で仕留めなければ……」
 護衛の男が口を開いた。
「……大丈夫です。今から八岐大蛇を鎮めます。来なさい、灯火」
 僕はこのとき、猛烈に嫌な予感がした。確か神話によれば――。
「はい」
 灯火ちゃんは昨日とうってかわって大人びた表情だった。
「お母さま、私は堂前院社の巫女として『おやくめ』を果たします」
「灯火。『おやくめ』は我が神社の巫女としての務め。立派に全うなさい」
 先の男が恐る恐ると言った具合に述べる。
「よろしいのですか……。灯火さまはまだ小学生……」
「成人する前の子にしか『おやくめ』は務まりません。これも定め。……堂前院社総代、堂前院篝火が命じます。今より我が神社は『人柱の儀』を行う!」
 ――人柱。そうだ、神話ではスサノオのミコトが八岐大蛇を退治するまで、人身御供を八岐大蛇に捧げることでその怒りを鎮めていた。若い娘をイケニエに捧げて――
「ちょっと待ってください!」
 僕は叫ぶ。あらんかぎりに。
「おい、やめとけ」
 ブショウさんに制止されたが構わない。
「『人柱の儀』って要は……灯火ちゃんを八岐大蛇に喰い殺させる、ってことですか」
 気まずい沈黙。堂前院さまがゆっくりと首肯した。
「ええ、そうです」
「ほ、他に方法は無いんですか!? 何かの術で封印するとか、退治するとか――」
 堂前院さまは答えない。誰も僕の問いに答えない。
 否。
 僕自身言ってて分かっている。
 限りなくそれは不可能に近い、と。山と戦うようなものだ、比喩ではなく。
 僕のその問に答えたのは、堂前院さまではなく、灯火ちゃんだった。
「童貞。これ私のお仕事。私は大丈夫だ」
「大丈夫なわけねーだろッ!」
 灯火ちゃんは微笑む。まるで泣くのをこらえるように。
「……昨日のデート楽しかった、童顔君。これで私はやっとママに認めて貰える。めんどくさい巫女修行もしなくて良いし、それに他の人を助けられる」
 おおおぉおおお、という息吹。ここから東の家屋が一列に倒壊した。衝撃が地から伝わってきた。
「灯火ちゃん自身はどうすんだよ! 死んだら楽しいことだって出来なくなる。マックだって遊園地だって、もう――」
 僕の頬に固い拳が飛んだ。ブショウさんだった。
「駄々をこねるのもいい加減にしろ、ヤサ。奈良の百三十万人の命と一人の命。天秤にかけるまでもない。それが分からねえほどガキじゃねーだろテメーも」
 僕は口の中で鉄の味を舐める。
「合理的に物事考えて、目の前の女の子見殺しに出来るほど、僕は……俺は大人じゃねえ」
 俺はゆっくりと立ち上がる。
 灯火ちゃんが俺から目をそらす。泣いていた。怖くないわけないよな、そりゃあ。高校生の俺だって怖い。俺は竹刀ケースから「沖つ白波」を取り出し、鯉口に親指をかけた。
「その刀を抜けば、我々への敵対行為とみなすぞ。いや、抜刀許可をとっていないのだろうから『神社本庁』への背信行為でもある。二大勢力を敵に回す意味、分かるな?」
 堂前院さまがドスが利いた声で問うてきた。
「二大勢力なんて関係ねえ。俺は今、一人の人間としてあんた達に話をしている。人、一人を死なせてその他の人間が助かるなんておかしいだろ。あんた達だってそれは解ってるはずだ! こんな幼い子を犠牲にしないで助かる方法は絶対にある」
「感情で物事を申すな。話にならん」
「なら構わねえよ。俺一人でもやってやらぁ! 灯火ちゃんが死ななくてもいい方法を実行してやる」
「お兄ちゃん……! やめて、お兄ちゃんが死ぬよ!」
 灯火ちゃんは必死な物言いだった。
「俺の母さんは俺を狐から守って死んだ。今度は俺が小さい母さんのために命をかける番だ。俺は絶対に灯火ちゃんを守る」
 「沖つ白波」を鞘から抜いた。刹那。「死死死死死死死死死」「あの子はどこ? どこ行ったのぉおお」「コロ……ス……コロシテ、ヤル」「いやぁあああああ、誰か助けて助けてごめんなさいごめんなさいごめんな……」悲嘆、怨恨、殺意といったものが俺の体内に逆流していく感覚。黒い渦は俺を鬱にさせた。軽く死にたい。これが今まで斬られた怪異の怨念なのか。だけど、まだ俺は死ねない。俺は白刃を構える。
「灯火ちゃんを危険な目に合わすなら、堂前院、例えあんたでもぶったぎる」
「話にならん。私は奈良の人工百三十万人を守る義務がある。手荒なまねもさせてもらうぞ」
 堂前院さまが片手を上げると、錫杖やさすまたを持った男が六人、社務所から現れる。
「お母さま、待って!」
「かかれ!」
 一斉に六人の男が襲い掛かってきた。一度に六人と戦うなんてキツすぎる。しかも得物が俺の刀より長いものばかりだ。捕らえられる、そう思った瞬間。
 六人の男が停止した。まるで金縛りにあったようにピクリ、とも動かない。
 いや、「まるで」でなく、「本当」に金縛りにあっているようだった。
「おいコラ。ウチのもんにそう手荒なことは堪忍してくださいよ」
「ブショウさん!」
 ブショウさんが金縛りの術を使ったらしい。
「ったくよぉ、無茶苦茶言う新入りなんて首にしてやりてえよヤサ。余計な事に首突っ込むし仕事はとろいしよぉ」
 そう言ってブショウさんはタバコを咥える。
「でもね、少年院、テメーらの考えの方が胸クソ悪い。幼女、生贄に差し出して自分はのうのうと生きるだぁ? 幼女ヒロインのエロマンガ気持ち良く読めなくなるわ」
「ちょッ、じゃあ俺をなんで殴ったんだ、アンタ!?」
「考えが変わった。とんずらしようと思ってたんだがな。電車が止まっちゃったし」
 スマホを見ながらブショウさんがタバコに火をつけフーッと吐く。
「それによぉ……この場に本心から灯火ちゃんを生贄に差し出そうと思っている人間なんて一人もいない、だろ?」
 誰もが押し黙り、下を向く。
「何よりあんたが一番差し出したくないはずだ、堂前院さまよ」
「……勝手を抜かすな、庶民派ども。私には責任があるのだ」
「責任のために我が子を殺すのか?」
「ふざけるなッ。貴様らのような奴らに何が分かる!」
 場がざわめく。
「……それとも何か具体的な方法でもあるのか! たった三時間で、人を死なせずに、被害をださずに――私の一番大事な娘を死なせずに、この事態を収める方法が!」
 堂前院さまは泣いていたからだ。子供のように泣いていた。
「お母さま……」
 灯火ちゃんがハッとしたように目を丸くした。
「それはまあ……えーと、お前の仕事だ、ヤサ。あんだけ啖呵きったんだ。なんかあんだろ、な?」
 肝心なとこは俺に丸投げかよブショウさん。良いだろ、上等だ。
「俺が――俺らがこの手で掴むんです。誰もが悲しまない最高のハッピーエンドを!」

「奈良中の酒かき集めるぞ! 酒造所に連絡」「もう皆逃げてますよ」「俺らで運搬するしかない」「本当に酒で八岐大蛇に勝てるんですか?」「やってみなきゃ分かんねーだろがッ」
 俺の作戦はこうだった。奈良の八カ奈良市の避難場所から遠い山地に酒樽の山を築く。それぞれの酒の山に近づいてきた首を斬り落とす。八本の首を同時に相手取るのは不可能だが一カ所、一首ならまだ可能なはずだ。
「なるほどな、スサノオさんに習うってか」
「ええ。酒を飲まして酔わせられれば、尚更倒しやすいはずです」
 ブショウさんの言葉に俺は頷く。
 各ポイントにそれぞれ五十人ほどの調伏士が割り当てられた。奈良県の神主や僧、専門の霊媒師などだ。俺らは四番目のポイントだった。
「これで最後です」
 軽トラの荷台に所せましと三、四メートルはある酒樽が並べてあった。
「よーし、酒樽の蓋を開けるぞ、かかれっ!」
 四番ポイントの現場責任者であるブショウさんが声を張り上げた。
「一番ポイント、準備完了、二番、三番ヨシ」「こちら四番、用意ヨシ」「七番ヨシ」「五番、八番問題ナシ」「六番、今終わりました」
 無線で各ポイントは本部、堂前院社に連絡を入れる。
「……私の娘の代わりに命を投げ出すことになるかもしれない。それでもこの提案を同意してくださった皆さんに礼を言う」
 無線から堂前院さまの声がした。
「本当にありがとう。感謝してもしきれない。……皆さんのお命、思いをこの堂前院篝火が預からせてもらいます」
 俺は腕時計を確認する。後、致死量の瘴気が広まるまで、二時間弱だ。
「『谷戸へのたむけ』の音頭を取らせて頂きます。では――三――二――一!」
 堂前院社から一本の矢が放たれる。
 かぶら矢だ。
 ピィイイイイィィィィ、という清らかな音が奈良の東雲を切り裂いて。
「うおぉおぉおぉお」「やったれぇえ!」「あおげえぇえええ」
 俺らは手にした自分の背丈よりでかい、大扇にて酒樽をあおぐ。酒の香りを八カ所から同時に八岐大蛇へ送る。
 おおおぉおおおお。八岐大蛇の八本の首がそれぞれうねり始めた。そしてそのまま、各ポイントへと一本づつ首を伸ばし始める。地を這いこちらに向かいながらその途中にあった民家は押しつぶされた、舌をチロチロだすそのサマは恐怖の一言につきる。ひぃ、と何名かが小さな悲鳴をあげ後ずさる。
「もう良い、潮時だ。隠れろ」
 ブショウさんの号令一下、俺らはガスマスクをして、酒樽の合間に身をひそめる。
 おおおぉおおお、といううめきが次第に近くなってくる。調伏士の間には荒い吐息が広がっていた。中には念仏を唱えだすものまで現れ、止められる。
 恐怖の沈黙。びちゃ、びちゃ、という音が漏れてきた。八岐大蛇が酒を飲んでいる。
 俺は刀を握りしめながら祈った。良いぞ、このままたっぷり飲んで、願わくば寝てしまえ。
 オオオオォオオオ。突如、八岐大蛇のうなりが荒くなった。危機を察知してブショウさんが叫んだ。
「散開ッ!」
 次の瞬間、酒樽は八岐大蛇の頭によって押しつぶされた。逃げ遅れた数名がその下敷きになる。
「ちくしょう、なんでバレた!?」「そんなことは後だッ!」
 オオオォオオオ、と鎌首をもたげた八岐大蛇が息を吐いた。直撃をくらった数名が吹っ飛ばされ、木々はへし折られた。
「各個に攻撃ッ」
「のヤロぉおおお」「おおおぉおお」「らぁっ!」
 俺も「沖つ白波」を抜刀、恨み事を叫ぶ怪異に耳を貸さず、一直線に八岐大蛇へと突撃していった。おおおぉ、という吐息の直撃を躱しながら、胴体めがけて刀を振るった。
 が。
「ちっくしょぉお!」
 刃が鱗に阻まれて、傷をつけられない。今度は刀を鱗の継ぎ目に突き刺した。ズブリ。柔らかい肉の感触。ビンゴ、と思ったのもつかの間。
 八岐大蛇が首を振りまわした。
「――ッ!」
 振動が腕に伝わる。「沖津白波」を離さぬように力を込めたのがいけなかった。そのまま俺の体は宙を舞う。視界がグルリと反転。俺の体の遠心力に耐え切れず、「沖つ白波」が八岐大蛇からスッポ抜けた。
「うわぁあああああ」
 地面に叩きつけられる。死ぬ。
「庶民派式機動術『兎歩』」
 さっ、と俺は抱きかかえられ、地面への直撃を免れる。
「おい、大丈夫か?」
「ブショウさん……」
 なんと俺を空中でキャッチしたのはブショウさんだった。顔が近い。マジ惚れそうです、と言おうと瞬間。
「ブショウさん、上、上!」
 八岐大蛇の顔面が俺らに向かって上から突進してきた。やっべ、潰される。
 ひゅん、と何かが飛ぶ音。それ――矢、破魔矢は見事に八岐大蛇の左目に突き刺さった。八岐大蛇は苦しむようにもがきだす。その隙に俺とブショウさんは緊急退避。
「ドーテー、大丈夫か!?」
 俺をそんな風に呼ぶのは一人だけだ。
「と、灯火ちゃん」
 ダメじゃないか、君がここにいたら。
「私もみんなと一緒に闘う。私だって闘える、運命に抗える」
 灯火ちゃんの目には闘志の炎。
「私が今までやってきた弓は無駄じゃない」
 そうか、八岐大蛇の目に矢を命中させたのは灯火ちゃんか――。
「灯火ちゃん、絶対死ぬな。君が死んだら元も子ない」
 灯火ちゃんは頷いた。
「おい、修験道系の調伏士は不動の金縛りの術を使え、やっこさんの動きを止める」
 ブショウさんはあろうことか、エロ本を取り出す。そしてペラペラめくって、呪いを唱えだした。マジかよ、あの本はブショウさんの呪術本だったのか? 
「「「あまねく金剛尊に帰命したてまつる、恐ろしき大憤怒尊よ、打ち砕きたまえ、ノウマクサマンダバサラ……」」」
 不動明王の中咒をお坊さんとブショウさんが揃って唱えだすのは結構異様だ。
 八岐大蛇が動きが止まる。その隙に破魔矢の雨が降った。灯火ちゃんを筆頭とした巫女さんの舞台だ。
 その間に俺らはもう一度駆け出し、再度の突撃を仕掛ける。
「でやぁあああああ」
 めちゃくちゃに刀で斬りつけた。他の調伏士たちもまた錫杖や札で動けなくなった八岐大蛇に全力の攻撃を加える。
 八岐大蛇は必死に金縛りの術に抗い、調伏士に噛みつこうとするも、その動きは鈍い。簡単に回避することができた。調伏士たちはヒットアンドアウェイを繰り返し、その合間に巫女が破魔矢を放ち、援護射撃を加える。
 いける。俺はそう確信した。このままの状況を維持して、全員でかかれば……。
「こちら五番ポイントッ、手を付けられない、誰か援護を、助け――」
 無線から耳を塞ぎたくなるような悲鳴が流れてきた。そこでブツリときれる。
「まずい、五番と言えば、ウチの隣……」
 ブショウさんが苦虫を噛み潰したようような顔をする。ここから約一キロ弱。五番ポイントの酒樽がぐちゃぐちゃになっているのが見える。そしてもっと恐ろしいものも見えた。五番ポイントが担当していた八岐大蛇の首。それが迷うことなく、こちらに向かってきていたのだ。
「うわぁああああ!」
 金縛りの術をかけていた若い僧が悲鳴をあげた。それを合図に四番ポイント全員に恐怖が伝染する。一つの首で精一杯なのに、まして二つなど……。
 恐怖で金縛りの中咒がきれたらしい。四番ポイントの八岐大蛇の首がまた自由に速く動きだす。
「おい、逃げろッ!」
 その変化に気付けなかった三人の調伏士が八岐大蛇に飲み込まれた。
 三人分の血をまき散らしながら、大蛇は人を飲み込んでいく。
 場は混乱を極めた。逃げ出す者、悲鳴をあげながら良く分からない言葉を口走るもの、自棄になって八岐大蛇に特攻するもの。
「ちっくしょぉおおお!」
 四番ポイントもこれでは総崩れだ。クッソ、こんなはずじゃなかった。どうすれば良い、どうすれば良いんだよ。周りが悲鳴と血と酒の匂いで満たされる中、俺は黙って考える。
 何か、必ず方法はあるはずだ。考えろ、考えろ、諦めるな。
「もう無理だろ、諦めろ」「死ねよ」「お前の提案で人が何人も死んだんだ。お前もあの世に来い」「ツグナエ……」「お前のせいだ、お前の」
 「刀」が僕に誘いかけてきた。
「うるせえッ!」
 俺一人が特攻したところで八岐大蛇を退治できないことは分かっている。だけど四番ポイントはもう統制がとれない。一回撤退して再結集? 無理、山の中では散り散りになる。
 いや、仮に再結集して、また集団で八岐大蛇に挑んだところで勝てるのか? 現実的な問題として、今まで闘って八岐大蛇に与えられたダメージはかすり傷程度だ。
 人の力では無理だ。俺はそう自分の中で結論が出てしまった。抗えない現実。どうしようもない。絶望。
 俺は地面に膝をつきかける。
 が、そこで止まった。

 待てよ。
 人の力では無理なら、人ではないものの力を借りれば? 
「灯火ちゃんッ、ここから最短距離のスサノオの神社は!?」
「え?」
 俺は灯火ちゃんの答えを聞く前に彼女の手を掴んで駆け出した。

 奈良にある神社の総数は約二千社。
 神社とは、神様の借りの宿である。そして、いつもは高天原やらにいる神様と浮世を繋ぐ交流の場でもある。本殿にある御神体に神様は宿りこの浮世に現れるのだ。
 俺の考えを聞いた灯火ちゃんは青ざめた。
「いくらなんでも無茶。人間を御神体にして、自分の中に神様を宿らせるなんて聞いたことないぞ」
「やるしかない。それ以外に方法がない」
 俺は首を振る。
「神様は人のけがれを嫌う。俗世にいる人間が御神体になるなんて不可能。祟られる。もし仮に出来たとしても人間の体は神様が宿ることに耐えられない」
「最悪、死ぬかな」
 灯火ちゃんは頷いた。だが、それでも。俺はもう引けないところまで来たのだ。
「……そうだ。まだ童貞君が助かる方法があるよっ」
 灯火ちゃんは走り行く方向を変える。
「助かる方法?」
「神様は穢れを嫌うし、人を祟ることもあるけど――仏さまなら、そんなことはない」
「……牛頭天王さまか」
 スサノオと牛頭天王は神仏習合で同一視されている。祇園信仰、というものだ。
 幾ばくかの時を経て、ようやく俺らは小さいお寺に着く。
 土足で本堂のへと踏み入る。そこには険しいお顔をなされた牛頭天王さまの仏像が安置されている。
 さて、どうやって仏さま神様を呼び出すか。
「灯火ちゃん、お祭りの時、御神輿おみこしに神さまを乗せるだろ? その方法は知っている?」
 俺が今回の御神輿だ。灯火ちゃんは頷いた。
「でも、そんなことしたら……」
「これは君にしか頼めないことだ、灯火ちゃん。今、君の最善の事。そして俺の最善手でもある」
「だけど、もし……」
「わがままな息子の頼みだ、聞いてくれ」
 灯火ちゃんはしばらく迷っているように目を瞑る。
 やがて灯火ちゃんは一音一句違わぬよう、慎重に祝詞を唱え始めた。
「掛けまくもかしこ伊邪那岐大神イザナギのおおかみ筑紫の日向ひむかたちばな小戸おど阿波岐原あわぎはらに御禊祓え給いし……」
 早く唱え終わって欲しいと思うがここは仕方ない祝詞は噛んじゃいけないらしい
 俺は灯火ちゃんの声を聞きながら護摩壇の準備をする。お寺を荒らすようで申し訳ないが、香木やら木材やらを拝借する。護摩壇の作り方は身も蓋もなく言えばキャンプファイアーと同じだ。木材を四角に組み、その中に「卍」を書く。その上に蓬生をかぶせ、マッチで火を放つ。香木の香りが身を包んだ。ゆっくりと目をつむる。
「禍事、罪穢れ有らむをば祓え清め給えと白す事を聞食せと恐み恐みも白す」
 灯火ちゃんの心地よい声を聞きながら、俺は自然とまどろんだ。

 虚空。浮世ではなく、幽世でもない。言うならば、はざま。巷間と常世の境だ。
 橋、辻、鳥居などの「境」は重要な霊的スポットになりうる。
 そこで俺は土下座していた。何故ならば目の前に「誰か」がいらっしゃるから。それはスサノオなのかもしれないし、牛頭天王なのかもしれないし、別の何かかもしれない。
 ただこれだけは分かった。その「誰か」をこの目で直接見たら、目が焼け、体は灰に変わる。
 「誰か」に名を尋ねられた気がした。
「我が名は古太刀和也。古き太刀を以って神意と民意の和を取り持つもの也」
 俺は静かに「誰か」にものを申し上げる。
「畏み畏み申し上げる……俺の力になってください」
 途端に虚空が激しい風に覆われた。「誰か」の怒りに触れてしまったらしい。だが、ここで終わるわけにはいかないのだ。
「無礼は百も承知。だが俺はここで引くわけにはいかない。今、命を賭して戦っている仲間がいる。その人たちを無駄死にさせるわけにはいかない。俺には守りたい人間がいる。貴方だって分かるだろ。クシナダ姫を守ろうと八岐大蛇と戦った貴方なら……」
 更に暴風は激しくなる。体がもたない。
 俺は必死に言葉を紡いだ。
「野蛮だった貴方は高天原では厄介者だった。天照大神、姉からも見放され、天からも追放された。けれど貴方は地上に降りて英雄神となられた。見事に八岐大蛇を討ち取り、封印した。誰か愛しき者を助けるために貴方は本物の英雄になられたのです。今の日本、芦原の中つ国は貴方の偉業なしではここまで発展することはなかった。だからどうか、貴方の誇り高き子孫にそのお力をお貸しください。俺も貴方のように大切な人を守りたい。お願いいたします」
 風が凪いだ。無風。俺の体は激しい痛みに襲われた。

「お兄ちゃん!」
 目の前に灯火ちゃんの顔。うん、食べてしまいたいな。
「お兄ちゃんか、か。妹にモーニングコール、夢が叶った……」
「何バカなこと言ってんだ、童貞。本当に私、心配したんだぞ。急に呻きだして、それで……」
 俺は自分の体を眺める。変化はない。……いや。体が熱い。火照っている。まるで体の中に何かが入っているようだった。
 俺は立ち上がった。「沖つ白波」を杖にしたが怪異どもは何も言わない。これも「誰か」の力か。
 周りを眺めて俺は愕然とする。寺の木材は腐り始め、木々が枯れかけていたからだ。道には無数の鳥や鼠の死骸。瘴気が強い。俺も息苦しかった。
「灯火ちゃん、堂前院さまたちは?」
「もう各ポイントが……ダメになっちゃったみたいで……」
 灯火ちゃんが指をさす。堂前院社に八本の首が群がっていた。かろうじて鳥居の結界で境内の中に侵入できないらしい。あそこで堂前院さまは指揮をとっているのだろう。
 堂前院社は最終防衛ライン。ここを越えられてしまえば、そこは奈良市だ。
「灯火ちゃんは堂前院社に戻って。あそこが潰れたら指揮系統がめちゃくちゃになる」
「お兄ちゃんは?」
「最善を尽くすだけ。根源を討つ」
 俺はそう言って走り出す。時間が惜しい。腕時計を確認。後、一時間もない。四十五分ほど、だ。瘴気が酷く、服の袖で口を覆う。
 そんな俺に灯火ちゃんが何かを叫んだ。俺は黙って手をあげる。
 灯火ちゃんが叫んだ言葉。行かないで、でもなく、頑張ってでもなく一言。
「待ってるから。戻ってきて、絶対だ。……一緒にまたハンバーガー食べよう!」
 俺は笑って灯火ちゃんに答えた。
 きっと灯火ちゃんは良いオカンになる。

 八岐大蛇の八本の首の根元。首より太さは二倍ほどあり、それが山の中腹にとぐろをまいている。周辺の木々は全て枯れ、裸の土が表れていた。
 十五分。後、十五分でけりをつけなければ、奈良全体に瘴気が広がって、人が死ぬ。
 全員が死ぬ。
 俺の上空には首が悠々とうごめいていた。押しつぶされたらたまんねえと思った矢先。
「やっべ」
 俺は慌てて真横に走る。本当に一本の首が落ちてきた。
 ドォーン! と地鳴りをおこし、土が舞う。なんでバレた? 
 〈蛇は皮膚で振動を感じる。だから見えない場所の獲物を狩れる〉
 「誰か」が親切に解答してくださった。
 ならば。俺は思いっきり地を蹴る。今落ちてきた首に
「でやぁああああ」
 そのまま勢いを殺さず、刀をまっすぐに振り下ろす。刃が大蛇の鱗に通った。激しい血しぶきがふきだす。
 どうやら「誰か」が俺に加勢してくれたらしい。
 オオオオォオオオ、という咆哮が堂前院社の方から聞こえた。まずい顔の何本かが戻ってくる。
 だが、その前に。
「もう一回ッ」
 もう一度飛んだ。だが今度は先と違い、垂直に飛ぶのではなく、地面と平行に。「誰か」のおかげで異様に強くなった脚力で速度をつけて、斬りつける。何度も何度もだ。
 その度に首から血しぶき。胴体は震えた。
 が、とてもじゃないが斬り落とせそうにない。
 〈おい、顔が……〉
「分かってる」
 三本の顔が戻ってきた。
 怒り狂ったようにシューシュー言いながら一斉に噛みついてきた。それを避ける。俺は「誰か」が網膜に示してくれたルートにジャンプ移動をして逃げる。
 三本の首はそれぞれ、激しい勢いで地面に追突した。土埃が天を舞った。
 〈いけ〉
 言われなくたって。俺は考えた。何も神話のように切り落とす必要はない。
 俺はその土に追突したてでフラフラになった一本の顔の脳天に刀を突き刺した。
 その首はビクビクッと激しく痙攣して……動かなくなった。
「おし、一本目ッ!」
 残り二本はガチギレしたらしい。自分の首を鞭のようにうならせ、ところかまわず地に打ちつける。
「クッ」
 このままでは脳天を突き刺せない。というかその前に首に押しつぶされるか。
 どうする! どうする? どうする!? 
 〈おい〉
 おおぉおおお、という唸りが俺に突進。慌てて回避しようとするが遅かった。
「あ、ぁああああぁあああああ」
 激痛。視界がホワイトアウトしかけた。左腕を見る。なくなっていた。喰いちぎられたらしい。
 だが痛みは数瞬のうちに消えた。「誰か」が治してくれたのか? 
 〈違う。痛覚を断ち切っただけだ〉
 左腕があったころのの根本から、血が血が血が血が……。
 またもや途切れそうになる意識を懸命に保って、好機とばかりに襲い掛かってくる大蛇の牙と息吹を避ける。いつの間にか首は二本から五本に変わっていった。【朗報】最終拠点である堂前院社から首を離せた。【悲報】俺が大ピンチ。
 〈気を保て。諦めるな〉
 つったって……。どうしたら良いんだ。右手だけでは「沖つ白波」を振り回せないし、突き刺せない。重すぎるからだ。これじゃあ大蛇の脳天に刃を突き立てられないし、首も切断できない。
 刀が使えないなら「まじない」? 不可能だ。俺はそこまで大層な術を使えない。
 呪符や経典といった霊的な武装も皆無。
 左手もないし今の俺には何にもないな。
 残りの可能性を考える。一つ一つの首を相手取るのはもう不可能。
 もう時間もない。
 何か一撃、必殺なことはないか? 
「こんなことだったら、ダイナマイトでも持ってくるんだった……」
 心臓をダイナマイトで吹っ飛ばせばこいつだってお陀仏になるだろう。何か即席で爆弾になるもの……。
 そんな好都合なもの――あった。
 作戦変更。五本の首を全て無視するからハイリスク。だが今までの作戦よりハイリターン。
「おい、八岐大蛇の心臓って分かるか?」
 〈分からぬ。我はこいつの首をひとつずつ斬り下ろして退治からな〉
 やっぱり神様はすごいな。俺は精々一匹の首を退治したくらいだ。
 俺は大蛇の根元を、太い胴体を見た。
 思いだせ思いだせ、学校の理科の授業で見たはずだ。蛇の解剖のDⅤD。
 蛇の心臓は住んでいる場所によって位置が違う。
 木の上に住まう蛇は頭のほう、草原に住まう蛇は木の蛇より尾に近く……。
 俺は必死に大蛇の攻撃から身を守る。左腕がなくなり平行感覚がなくなった俺の体は、それでも生きるために全力で動いてくれた。
 ……そして水に住まう蛇は更に尾に近いところに心臓がある。
 今度はブショウさんに習ったこと。八岐大蛇は人を喰らう邪悪な化け物としてスサノオに退治される。だが、八岐大蛇は化け物以外にもう一つ別の一面を持つ。神としての顔だ。川は田畑には欠かせない自然の恵みにもなりえると同時に人を飲み込む激流にもなる。
 昔の人々は雨で水かさがあがり氾濫した河川を暴れる大蛇に見立てた。だから蛇は古来より水の神として神聖視され……。
 俺は駆けだした。八岐大蛇の尾の方へ。だが、尾のどこだ。とぐろを巻いた尾のどこに心臓がある? 
「うおぉおおおおおおッ!」
 そうだ。生物は大事な器官を隠すように生活する。うかつに敵に晒す馬鹿はいない。
 だからとぐろの中にしまってある尾の一部。
 俺は助走をつけて、天高く飛翔。
 頼む、「誰か」、いや素戔嗚大神か牛頭天皇。この一撃に全霊を。
 上から刀を下に向け、重力でとぐろを突き進む。
 オオォオオオオオオ、という唸りと共に八岐大蛇はとぐろを絞めつけた。
 だが、遅い。
 俺の全身は八岐大蛇の胴体で巻きつけられ悲鳴をあげた。恐らく全身骨折。だけど、まだ仕事は終わっていない。八岐大蛇の心臓めがけて右手でグっと刀を押し込む。
 オオォオオオ。大蛇は更に俺を締め付ける。足がすり潰された感覚。肩が外れた感覚。
 あと、もう一息。刀を心臓近くまで深く刺しこんで。
「爆ぜ散れえぇえええええええええええ!」
 俺は自分自身で「沖つ白波」を折った。「沖つ白波」の中には封印された数多の百鬼。それが我先にと刀から這いだしたのだろう。だが刀の外は大蛇の肉だ。
 怪異には実体を持つものと持たないものがある。八岐大蛇は前者、生霊は後者だ。
 オォオオオオオオオォオオオオォオオ。
 そして鬼もまた前者だった。
 八岐大蛇の尾が、心臓が弾けて飛んだ。

 少年は痛覚を失った体で空を仰ぐ。
 やったぜ、灯火ちゃん。僕はやりのけた。
 でもちょっと約束は守れないかもな。僕もハンバーガー食べたかった。
 それでも許してくれよ。
 だって僕は庶民派さぎしだから。

 〈小さき英雄よ、安らかに眠れ〉

 月刊「マー」十二月号掲載 記事より抜粋
 
 今回の奈良の「災厄」は大規模な地震、土砂崩れという結果に終わった。恐らくこの事件の首謀者は「神社本庁」だと私は考える。今後敵対勢力となりえる「奈良寺社同盟」を潰すためだ。だが証拠は全くもってない。
「恐ろしい大蛇を見た」という者の証言は精神障害として処理され、証拠となりえる、写真、画像は全て「神社本庁」が抑えた。Youtubeにて一部の動画が流れたがCGとして認識され、誰も信じる者はいない。
 だが、私は決して忘れることはないだろう。一人の少女を救うために、一人の少年が、そして何百人もの同胞が命を賭して戦ったという事実を。あの「災厄」から約半年。
 早く帰ってこい、ヤサ。俺も灯火ちゃんも待っている。

                   庶民派陰陽師兼妖怪ルポライター ブショウ

 古太刀和也は「ヤサ」。「優しい嘘」のヤサ。
志田 新平 2XEqsKa.CM

2016年04月04日(月)23時27分 公開
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■作者からのメッセージ
王道の妖魔退治もの、のつもりです。
企画は初めてですが何卒よろしくお願いいたします。