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カグライブ!~三人の転入生~
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「おおーーーっ!!!」
 七月一日。初夏の竹丘学園、二年J組の教室は歓声に包まれた。
 朝のホームルームで担任の田中先生が連れてきたのは、三人の女生徒だった。
 ――二年生で唯一の工科クラス、J組。
 八割が男子という飢えた狼たちの前に、転入生として女生徒が三人も並んだのだ。教室が色めかないわけがない。
 しかも、三人ともなかなかのルックスを有している。
 僕、笠岩調(かさいわ しらべ)はクラス委員長として、ドキドキしながら三人の様子を眺めていた。

「じゃあ、端から一人ずつ自己紹介してもらおうか」
 先生の太い声が教室に響く。
 すると、教室の入口に一番近い亜麻色のショートボブの女生徒が、僕たちに背を向け、黒板に名前を書き始めた。

『犬塚かぐや』

「かぐや?」
「平仮名かよ……」
 なんて古風な名前なんだと騒つく教室。僕は彼女の後ろ姿を凝視する。
 真新しい夏服のスカートをすでにかなり短くしているし、髪も染めているとしか思えない。
 名前を書き終わってスカートの裾をひるがえしながら振り返った彼女の挨拶も、容姿と同様ぜんぜん古風じゃなかった。
「うち、いぬづか、かぐやっていうんや」
 関西弁?
「出身は奈良県やけど、みなさんよろしくなー」
 目はクリッとして、鼻も丸っこく人懐っこそうな印象だ。見た目は軽いが、意外と面白いやつかもしれん。
 犬塚さんがペコリとお辞儀をすると、今度は隣の黒長髪で眼鏡の女生徒が黒板を向いて名前を書き始めた。

『瀬礼根かぐや』

「ええっ、またかぐや!?」
「こっちも平仮名だぞ」
「名字はなんて読むんだよ!?」
 どよめく教室に動じることなく、美しい姿勢のまま瀬礼根さんは名前を書く。身長は三人の中で一番高い。字もすごく綺麗だった。
「私は、せれね、かぐやといいます」
 振り返って、深々とお辞儀をする瀬礼根さん。名字はせれねって読むのか。
「よろしくお願いいたします」
 なかなか礼儀正しい人らしい。さっきの犬塚さんよりも、かぐやって感じがする。眼鏡の奥の切れ長の瞳は、ちょっとキツそうだけど。
 そして三人目の女生徒。
 身長は一番低く、髪も肩にかかるくらいの黒髪だが、前髪が長くて表情がよく見えない。神秘的な感じもするけど、チョークを持つ手は震えている。案の定、黒板に字を書こうとしたらチョークを落としてしまった。
「頑張れ!」
 誰かが掛けた言葉にビクリとする女生徒。黒髪を揺らしながらチョークを拾って、やっとのことで名前を書き始めた。

『藤野かぐや』

「マジかよ……」
「三人ともかぐや!?」
「そんなことってあるかよ」
 教室のざわつきはなかなか収まりそうもない。藤野さんは、恐る恐るこちらを向いた。
「ふじの、かぐや……」
 消えてしまいそうな声でひとこと名前を告げると、そのまま顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。前髪の隙間からチラリと見えた二重の瞳は、なかなか印象的だったけど。

「みんなもビックリしただろ? 三人とも同じ名前で」
 三人の挨拶が終わると、先生が興奮気味に切り出した。
「今まで何人も転入生を受け入れてきたけど、こんなことは初めてだ」
 そりゃ、そうだろう。
 しかも、三人とも平仮名の『かぐや』だなんて、その確率は天文学的数値に違いない。
「本当は、名前の所以なんかも紹介して欲しかったんだけど、藤野が緊張しているようだからまた今度にしようか?」
 先生は、うつむいたままの藤野さんを見る。
 すると、犬塚さんがさっと手を挙げた。
「うち、簡単やで。実家が家具屋さかいな」
 んな、アホな。
 実家が家具屋だからって、まんまじゃないか!?
 いきなり教室が笑いに包まれる。クラスメートの心をぐっと掴んだ彼女は、さらに畳み掛けた。
「みんなも知ってるやろ? 犬塚家具やで。家の人にも宣伝してや」
 おお、犬塚家具なら知ってるぞ。それって有名じゃないか。
 教室の笑いがざわつきに変わると、隣の瀬礼根さんが手を上げる。彼女の透き通る声が教室に響き渡った。
「私の両親は宇宙工学者で、名前の由来は月周回衛星『かぐや』です!」
 ほお、こちらはエリート科学者の血筋だな。
「かぐやの最大の功績は、月の凸凹を正確に測量したことなんです」
 瀬礼根さんは犬塚さんに負けじと、かぐやの宣伝を始めた。
 そしてクラスの興味は、最後の藤野さんに集中する。
 うつむいたままの彼女は、赤い顔をさらに真っ赤にしながら、必死に声を絞りだそうとしていた。
「わ、わ、わた、わた、わたしは……」
 限界だった。
 藤野さんはいきなり走り出し、教室を飛び出してしまった。

 ◇

 その後、先生が藤野さんを探しに行ったりして大変だったけど、なんとか一日の授業が終了する。
 そして放課後。
 クラス委員長の僕は、なぜだか理事長室に呼ばれていた。
「失礼します。笠岩です」
「おお、入りたまえ」
 理事長室に入ると、ゆったりとした三人がけの応接ソファーが二脚対面しており、すでに五名の人物が座っていた。
 真ん中に白髪の理事長、左隣に担任の田中先生だ。
 向かい合って座っているのが、犬塚さん、瀬礼根さん、藤野さん、つまり三人のかぐや。
「こっちじゃ、こっち」
 生徒側に腰かけようと椅子を探していると、理事長が右横の空いているソファーを指差す。
「気にせんでええ、ここに座りたまえ」
 理事長に言われたら仕方がない。
 僕は恐縮しながら、理事長の右隣に腰掛けた。齢七十くらいに見えるが、語気に衰えは感じない。
 すると田中先生が切り出した。
「今日は理事長から、君たち四名に直々にお話があるそうだ」
 理事長は改まってゴホンと咳払いする。
「君たちに集まってもらったのは他でもない。一つお願いがあるんじゃ」
 お願い?
 一介のクラス委員長と今日転入したばかりの三人の女生徒に、何をお願いしようというのだろう。
「とあるライブに出てほしい」
 ライブ?
 それって、唄を歌ったり踊ったりするスクールなんとかってやつ?
 女子三人は見栄えすると思うけど、僕は役に立たないぞ、きっと。
「実は、幼馴染の松池工科高校の会長と言い争いになっての、もう君たち四人をエントリーしてしまったんじゃ」
 なんだって!? 僕たちには事後承諾ってことか?
 冗談じゃない、クラス委員長だからって僕を巻き込まないでくれ。
「それで理事長、それはどんなライブなんですか?」
 田中先生が訊くと、理事長は鼻息を荒らげた。

「カグライブじゃ!」

 三人のかぐやの表情がはっと変わる。
 田中先生も息を飲んでいた。
 って何? カグライブって何?
「そこで優勝できなければ、君たちが通っている場所は無くなると思ってくれ」
 ま、まさかの負ければ終わり宣言!?
 僕たちは真っ青になって顔を見合わせた。

「無茶苦茶や。カグライブの全国大会は、すごいレベルなんやで!」
 思わず犬塚さんが叫んでいた。
 カグライブがなんなのかわからないが、相当無茶なクエストらしい。
 すると理事長は、僕らの反応を楽しむように付け加える。
「なにも全国大会とは言っとらんよ。県南大会で松池工科を倒して優勝してもらえばええ」
 なんだよ、全国大会じゃないのかよ。
 犬塚さんもガクっときたのだろう。いきなり溜飲を下げていた。
 しかし今度は、瀬礼根さんが理事長に噛み付く。
「県南大会と言えど、先ほどおっしゃられた松池工科や梅野実業など、この地区には強豪校が揃っています。私たちは今日転入したばかりなのに、いきなり廃校だなんて、それってあんまりです」
 そうだ、そうだ!
 僕だって廃校は嫌だ。転入したばかりの彼女たちにとってはなおさらだろう。そもそも廃校になったら、通うところが無くなっちゃうじゃないか!
 理事長はニヤニヤ笑ったまま、さらに言葉を付け加える。
「だから廃校とは言っとらんよ。君たちの工科クラスが無くなるだけじゃ。カグライブの地区予選すら突破できないんじゃ、そんな工科クラスはいらんじゃろ?」
「…………」
 するとみんな黙り込んでしまった。
 カグライブがなんなのかわからないが、理事長の言うことは至極正論であるらしい。
 というか、ちっちゃい! ちっちゃいよ。
 全国大会で優勝できなければ廃校、なんてドラマチックな展開かと思ったら、県南大会で隣の高校に勝てなければ工科クラスが無くなるだけだって?
 まあ、僕は工科でも普通科でも、どっちだっていいんだけど。
「でも、大丈夫!」
 予想以上に意気消沈してしまった場を危惧したのだろうか。理事長がいきなり声を張り上げた。
「わしは、カグライブのために三人のかぐやを召喚した」
 召喚……って?
 つまり理事長が、目の前の三人を呼び寄せたってこと?
「犬塚さん、瀬礼根さん、藤野さん。この三人は、わしが全国を回ってスカウトした逸材じゃ。それぞれ家具作りに特化した特殊能力を持っておる。彼女たちが転入したからには、優勝は間違いなしじゃ!」
 すかさず田中先生が質問する。
「あの、理事長。クラスを監督する者として質問してもよろしいですか?」
「おお、なんじゃ?」
「この三人の特殊能力とは一体?」
 僕も気になるところだ。
 理事長もその質問を待っていたのだろう。自分の目のつけどころを自慢するかのごとく、鼻高々に説明を始めた。
「まずは犬塚さんじゃ。彼女は有名家具販売店のご令嬢で、人脈もあり、材料の調達にも顔が効く。そして家具作りは幼少の頃からの手練れじゃ。この業界で、これ以上の若手人材はおらん」
 その説明を聞いて、彼女はまんざらでもないという表情をする。
 まあ、これは納得だ。犬塚家具といえば日本を代表する大手だから、その後継者が仲間であるのは心強い。
「そして瀬礼根さん。彼女の目測は誠に正確じゃ。一ミリの誤差もない。これは家具作りに相当のアドバンテージとなる。そうだ、ちょうどいい。その実力を皆さんに見せてあげるのじゃ!」
 理事長がそう言うと、瀬礼根さんは「わかりました」と静かに返事をする。
 そして、こちらの様子を窺いながら、手探りで右隣の犬塚さんの膝上に手を伸ばし――ピラッと彼女のスカートをめくった。
「ちょっ、ちょっとなにするん!?」
 慌ててスカートを抑える犬塚さん。
 み、見えてしまった。健康的な張りのある太ももと、スカートの深遠に潜むピンク色の布地が……。
 で、でも、しょうがないぞ。だって、あんなに短いスカートでゆったりとしたソファーに座ってるんだから。
「理事長、顕著な隆起を観測しました」
 怒れる犬塚さんに気を向けることもなく、静かに報告する瀬礼根さん。
 りゅ、隆起って……まさか!?
「ほお。やはり観測できたか。その変化量を報告するんじゃ」
「わかりました。変化量は理事長ゼロミリ、田中先生一ミリ、笠岩君十ミリです」
 そ、そ、それって……。
 そりゃ、見ちゃったよ。でも見ちゃったら、そうなるのは当然じゃないか。健康的な男子なら。
 でも、こんなのヒドい。みんなの前で値を示してあからさまにするなんて、教育者がすることじゃない。
 唯一の救いは、犬塚さんと藤野さんが状況をあまり理解していないことだった。犬塚さんはまだ瀬礼根さんを睨みつけてブツブツ文句を言ってるし、藤野さんに至っては瀬礼根さんの影で何も見えなかったようで、不思議そうに首をかしげている。
「どうじゃ? 正確じゃろ? 笠岩君」
「…………」
 お願いだから僕に振らないでくれ!
 ていうか、瀬礼根さんも何見てんだよ!?
 僕は恥ずかしくて何も言うことができなくなり、黙ってうつむいた。顔もきっと真っ赤になっているだろう。
「ほっほっほぉ、黙り込むってことは正解じゃな。若い、若いのぉ」
 ていうか、あんなシーンを見せつけられたのに、ほとんど隆起しない理事長や田中先生の方がヤバいんじゃないの? 正しい教育者――なのかもしれないけど、男としては終わってるよ!
 顔を上げることができない僕をよそに、理事長は話を続ける。
「そして最後の藤野さん。彼女は、秘密のかぐや属性を持っておる」
 秘密のかぐや属性?
 なんだよそれ。というか、もうどうでもいいよ。
「しかし彼女は、その特殊能力を自分自身で引き出すことができない。それができるのは、笠岩君、ただ一人なんじゃよ」
 頼むから僕はほっといてくれ……って、えっ? 僕がただ一人の存在!?
 いや、ダメだ、ダメダメ! どう考えたって釣り文句じゃないか。
 だって彼女と僕は、今日初めて会ったばかりなんだぞ。そもそも肝心の僕が何もわかっていない。
 そろりそろりと顔を上げると、藤野さんも僕と同じようにうつむき加減で顔を赤らめていた。前髪が邪魔で、表情は相変わらずよくわからない。
「だからこの四人が揃って、笠岩君が藤野さんを覚醒させれば、絶対勝てるはずなんじゃよ」
 なんだか僕たちは、理事長の個人的な道楽に利用されているような気がする。
 それよりも僕には大きな疑問があった。
「あの、一つ質問してもいいですか?」
 僕は顔を上げて理事長に尋ねる。
「なんじゃ? 笠岩君」
 その質問が場を凍らせてしまうことを知らずに。
「カグライブって、何ですか?」

 ◇

「あんた、ホンマにカグライブ知らんの? 工科クラスの委員長やのに」
 一時間後、街の喫茶店で僕は犬塚さんに説教されていた。
「私も呆れましたわ。委員長というのにカグライブを知らないなんて!」
 今度は瀬礼根さんが畳み掛ける。
 頼むから僕をいじめないでくれよ。本当に知らなかったんだから。喫茶店のお客さんも、こちらの騒ぎを見てるじゃないか。
 戦略会議と称してこの喫茶店にたどり着いた僕たち四人は、店の中ですでに浮いた存在になっていた。
「ふん! ふん!」
 すると藤野さんが鼻息を荒らげながらスマホの画面をこちらに向ける。
 そこには、カグライブのホームページが表示されていた。

 なになに……。
 カグライブは、家具作りの技術とスピードを競うコンテストです。
 だって!?

「全国から、家具作りを学ぶ高校生が出場するんやで」
「今年の課題は、椅子って聞いてますわ」
「んんんんん!」
 藤野さんが示すページには、今年のカグライブのルールが記されている。

 各校で用意した材料を用いて、制限時間内に椅子を一脚、製作していただきます。
 制限時間は二時間、メンバー構成は一チーム四人です。
 三組の審査員によって順位を決定します。そのうち一組はゲスト審査員です。

 ほお、こんな面白そうなコンテストがあったのか。
 まあ、僕は授業中ずっと寝てたし、実技は適当だったし、くじ引きで決められたクラス委員長だからなぁ……。
「うちらの役割は簡単やね。うちが人脈を利用して、最高の材料を調達する」
 犬塚さんが提案すると、瀬礼根さんが続いた。
「そして、私が得意の目測能力を生かして、材料の切断を行う」
 すると全員の視線が藤野さんに集まった。
 注目されて彼女はまた下を向いてしまう。
「問題は、藤野さんがどないな能力を持ってるかや」
「それが分かれば、作戦が立てられるのですが……」
 そして二人は今度は僕をジト目で見た。
 理事長が僕のことを、『藤野さんの特殊能力を引き出せる唯一の存在』と歯の浮く言葉で持ち上げたからだ。
「こんな委員長が、私たちの切り札を覚醒させる鍵とは、なんとも頼りないものですね……」
 すいませんね、頼りない委員長で。
「そういや、カサイワ君の苗字って、どないな字を書くんや?」
 犬塚さんが突然訊いてくる。
 僕は不思議に思いながらも、丁寧に説明した。
「笠地蔵の『笠』に、岩石の『岩』だけど……?」
「それって……」
「ん? んんんんんん!?」
「そやな、うちもなんか聞いたことがあるような気ぃするんよ」
 三人がそれぞれ反応した。
 それってどういうことなんだ?
 すると、藤野さんがスマホのメモに手書きで文字を書いて二人に見せる。
「おお、これや!」
「そうですね。きっと笠岩君の下の名前はこれに違いありません」
 ええっ!? 
 それってどういうこと?
 三人が僕の名前を予想して、その結果がピタリ合ってるってこと!?
 おののく僕に藤野さんがスマホを示す。

 そこには、正に僕の名前――『調』が表示されていた。

「な、なんで、三人とも僕の名前がわかったんだよっ!?」
 これは驚きなんてものじゃない。
 驚愕、そのものだ。
 しかし三人はケロッとした顔で、軽やかに声を合わせた。

「「「だって私たち、かぐやですから!」」」

 おいおい、藤野さん、しゃべれるじゃん。
 犬塚さんも、関西弁じゃないし……。

 ◇
 
 喫茶店を出た僕たちは、本屋に向かっていた。
「笠岩君、竹取物語って読んだことないんか?」
 そう問い詰められた僕はすぐに馬脚を露わし、それならばすぐに本を買って勉強しようということになったからだ。
 さすがに僕だって竹取物語は知っている。
「昔々、おじいさんが山に竹を取りに行きました、ってやつだろ?」
「ちゃう! それは童話や。笠岩君、ほんまに高校生?」
 どうせ僕は、ぐーたら高校生ですよ。
「『今は昔竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて、竹をとりつつ、萬の事につかひけり』が正解ですよ」
 いやいや、そんな古臭いのって読めないから。
「んん! んんんん!」
 藤野さんが『常識』という文字をスマホで僕に見せる。
 そんなことしなくても、さっきみたいに普通にしゃべってくれていいから。
 そして本屋に着くと、原文と現代訳が並記されている本を買った。いや、買わされたと言った方がいい。
 明日までに読んで来い、読めば『調』の謎が解ける、という脅しに近い激励と共に。

 風呂に入り、夕食を食べ終わった僕は、早速机に向かって本を開く。
 物語は、まずおじいさんが光る竹を見つけ、その中から女の子が出てくるところまでは童話と一緒だった。が、その後がなかなか現実的であることを知る。
 かぐや姫がとても美しいので沢山の男が言い寄ってきたが、あまりの姫のツンツンぶりに男どもはみんな離れていき、ついに五人だけになってしまう。
 ――さて、このストーカー五人衆をどう追っ払おうか?
 かぐや姫が選んだ作戦は、無理難題をふっかけること。
 彼女は五人それぞれに、仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の頸の五色の玉、燕の子安貝、つまりおよそ手に入りそうもない宝を持ってきたらヨメになってやると、条件を提示したのだ。
「まるで、身長一八◯センチ以上とか、年収一千万以上とか、帝都大卒とか、そんなことを言われてるみたいだな……」
 今も昔も変わらないと、僕はしみじみとした気持ちになる。
 それから、この五人がたどる道は悲劇だった。
 一人目は、近場で調達したことがバレて恥をかき、二人目は金にものを言わせて本物そっくりの模造品を作ったが、偽造業者が押しかけてバレる。三人目は大金はたいて聖地から宝を取り寄せるが、悪徳業者に偽物をつかまされ、四人目は無茶しすぎてギブアップ。五人目に至っては、宝を取ろうとして事故死してしまったのだ。
「うわー、嫌だ、こんな人生……」
 僕も将来、ものすごく美しい女性に恋してしまったら、こんな風になってしまうのだろうか?
 来たるべく自分の未来と重ね合わせながら物語を読み進めていくうちに、ついに太刀打ちできない存在が現れた。
 帝――つまり天皇だ。
 天皇は歌を介してかぐや姫の心をつかんでいくが、ついに最後の時がやってくる。
 ――月に帰らなくてはならない。
 かぐや姫は突然、こう宣言したのだ。
「まあ、ポリン星やちょるちょるランドに帰るって宣言されるよりはマシだけど」
 その宣言を聞いて驚いた天皇。姫を月に返してなるものかと軍隊を出動させる。が、姫はついに月人に奪われてしまった。人間としての最後の瞬間、姫が天皇に遺したものが不死の薬だった。
 ――姫が居なくなったのであれば、不死の薬も必要ない。
「いやいや、僕ならすぐに飲んじゃうけど……」
 もったいないと思うことなく、天皇は不死の薬の処分をある人物に託す。それが、調岩笠(つきのいはかさ)だった。
「おおっ!?」
 やっと出て来たよ。『調』という名前が。
 調岩笠は不死の薬を駿河の山で燃やし、その山は「ふじの山」と呼ばれることとなったという。

 これが竹取物語の大まかなストーリーだ。
 確かに出てきた。『調』の文字を持つ人物が。
「ていうか、『調岩笠』なんて、僕の名前『笠岩調』と同じじゃないか……」
 漢字の並びが逆というだけで。
 もしかして両親は、この人物にちなんで僕の名前を付けたのだろうか?
 子供の頃の記憶が、脳裏に蘇る。

『探求心を持ち続けるようにって、『調』という名前を付けたんだぞ』
『音楽や言葉の『しらべ』という意味もあるの。優雅に生きてほしいな』

 なんだかちょっと悲しくなる。
 両親の言葉も嘘ではないだろう。でも、真っ先に『調岩笠』という人物名が浮かんだのだとしたら、どんなに素晴らしい名前の意味も後付けに聞こえてしまう。
 ――もしかしたら自分の名前は竹取物語に由来していたのかもしれない。
 その疑惑で僕の心は一杯になり、もう何も考えられなくなった。そしてそのままベッドに潜り込む。
 この時、もっと冷静であれば……。
 僕は、藤野さんとの重要な接点に気づけたはずだったのだが、それが判明したのは後になってからだった。

 ◇

 翌日の放課後。
 僕たち四人は、また同じ喫茶店に集合した。
「笠岩君、宿題やってきたん?」
 犬塚さんがクリクリとした瞳を輝かせながら僕に尋ねる。
「ちゃんとやってきたよ。答えは、調岩笠だろ? 不死の薬を燃やしちゃった犯人」
 すると瀬礼根さんと藤野さんが噛み付いて来る。
「犯人、というのはちょっと言い過ぎだと思います。だって帝の言う通りにしただけなんですから」
「んんんんんっ!」
 藤野さんがスマホに二次元美少年キャラを表示して、怒りの表情を見せる。
 どうやら調岩笠という人物は、漫画やネットの世界ではかなりの人気者らしい。
「うちはな、理事長が昨日、なんであないなこと言わはったんか不思議なんよ。だって、かぐや姫と調岩笠は、直接会うたことがないんや。せやのに、調岩笠と名前が似ている笠岩君が、かぐや姫の潜在能力を引き出すことができるやなんて何か変やろ?」
 確かに犬塚さんの言う通りだ。
 会ったことのない物同士、どうやって干渉するのだろう。
 二人の関係が竹取物語に書かれていれば、特殊能力についても何か記されているかもしれないのだが……。
「せやからな、うちは思うんや。これは語呂合わせやないかって。調岩笠はフジに行った。藤野さんの名字もフジや。だから、同じフジを持つ藤原氏が謎を解くヒントやないかってな」
 ――藤原氏。
 竹取物語は、成立年、作者ともに未詳だ。しかし昨日買った本の解説によると、その背景には藤原氏の繁栄と衰退が大きく関与しているということだった。
 その証拠に、藤原氏の誰かが登場人物のモデルになっているという。それは……うーん、誰だったかな……?
 僕は必死に記憶を探り、一人の人物の名前を思い出した。
「藤原不比等!」
「正解や。笠岩君、よう勉強しとるやん」
 すると、すかさず瀬礼根さんが補足する。
「藤原不比等は、二番目に姫を諦めた車持皇子のモデルと言われています。車持皇子は、蓬莱の玉の枝とそっくりの模造品を業者に作らせて、あわや姫を手に入れんとするところまで行ったのですが、最後に未払金をよこせと業者が押しかけてバレちゃったんです。でも言い換えれば、五人の男たちの中では一番成功した人と言えるわけですね」
「そうなんや。もしかしたら理事長は、その能力のことを言わはったんやないかと、うちは思うとってな……」
 その能力って……。
 ――正確な模造技術。
 二時間で勝負をつけるカグライブでは、長期の耐久性は必要ない。極端な言い方をすれば、見栄えが良く、審査員を満足させる耐久力さえあれば、模造品でも構わないのだ。
「確かに、一流品そっくりに模造できれば、松池工科に勝てるかもしれませんね」
「問題は、藤野さんの能力がどないなレベルかなんや」
 僕たちは藤野さんを見る。
 彼女も僕たちがどんなことを考えているか理解しているのだろう。
 顔を真っ赤にしながら、何か言おうとしていた。
「わ、わ、わた、わた、わたしは」
 そして爆発した。
「偽物作りじゃないっ!」
 前髪を振り乱しながら立ち上がり、必死に僕らに訴えようとする。
 その瞳には、涙が浮かんでいた。
「えっ!?」
 不覚にも、僕は魅せられてしまった。

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